2012年6月23日土曜日

第27週:Ich (私) by Rainer Brambach (1917 - 1983)


第27週:Ich  (私) by Rainer Brambach (1917 - 1983) 

【原文】

Ich mit meiner Prosa,
Ich mit meinen Versen
Und auch sonst einfach ich -
Aber jene Treppe aus Granit,
Ihre zwoelf Stufen,
Die Unterzüge aus Kalkstein
Und die Trockenmauer
Doppelhaeuptig, Huefthoch -
Vor gut zwanzig Jahren
Habe ich sie erstellt.
Ich war ein Gartenbauarbeiter,
Ich habe Bleibendes geschaffen.

【散文訳】

私には散文があるだけ
私には詩文があるだけ
そして、実際その他には単なる私だけだ
しかし花崗岩のあの階段も
その12の段々も
石灰岩の支え梁も
そして、庭の乾壁は
双頭で、腰の高さで
優に20年前に
わたしはその壁を積み上げたのだ
わたしは造園労働者であった
わたしは不変のものを創造したのだ。

【解釈と鑑賞】

原題は、無題ですが、わたしという題としました。

この詩人のWikipediaです。

http://de.wikipedia.org/wiki/Rainer_Brambach

これによれば、この詩人は、ケルンからスイスのバーゼルに来たピアノの調律師の息子として、バーゼルで生を受けました。

高校を卒業したあと、家具の梱包屋、泥炭堀り、コピーライターとして仕事をしました。30代にドイツ、オーストリア、フランスを放浪。1950年から、この詩に歌われている庭師と造園技師になっています。1952年から、作家生活に入りました。

乾壁と訳した壁は、訳しならすと乾いた壁と訳せる言葉で、庭につくられる一体に腰の低い壁です。Googleの画像検索で検索すると、それがどのようなものかがわかります。Trocken、乾いたというのは、石と石の接合に関する、壁を造作する技術についての名前なのでしょう。もし詳しい方がいらしたらお教え下さい。

庭をつくる仕事も、詩文も散文も、同じ仕事であり、それは不変のものをつくる仕事であった。それは黙々と、自分と対話しながら、素材と対話しながら、ひとつひとつの石を積み上げて行く作業であったことでしょう。

私に徹したという心が、最後まで読みまた最初の3行に戻ると、より伝わってくる詩です。

0 件のコメント: