2014年7月26日土曜日

【西東詩集79】 Maedchen


【西東詩集79】 Maedchen


【原文】

Singst du schon Suleika wieder!
Diese können wir nicht leiden,
Nicht um dich―um deine Lieder
Wollen, müssen wir sie neiden.

Denn, wenn sie auch garstig wäre,
Machst du sie zum schönsten Wesen,
Und so haben wir von Dschemil
Und Boteinah viel gelesen.

Aber eben weil wir hübsch sind
Möchten wir auch gern gemalt sein,
Und wenn du es billig machest,
Sollst du auch recht hübsch bezahlt sein.



【散文訳】

娘達

ズーライカのことを、さあ、また歌いなさい!
この女(ズーライカ)が、わたしたちは嫌いでなのです
お前(ハーテム)についてではなく、お前の歌については
わたしたちは、ズーライカに嫉妬したいし、嫉妬せずにはゐられないのです。

といふのも、ズーライカが仮に野卑で無作法であるとすれば
お前は、ズーライカを最も美しいものとなすだろうから
そして、そのやうに、わたしたちは、ドゥシェミールや
ボータイナーの本から多くのことを学んだのだから。

しかし、わたしたちが美しいといふまさにその理由によって
わたしたちは、実際よろこんで絵に描かれたいと思ってゐるのだし、
そして、もしお前が、(美しく描くということを)正しく行へば
お前は、実際正に美しく(美を描いた代償として)対価を支払われるべきものなのだ。


【解釈と鑑賞】

この詩は、ハーテム(老詩人たるゲーテ)を囲む美しい娘達の歌ふ詩です。

ズーライカの美しさと、いやといふよりも、それほどに美しくしてしまふハーテムの技量に嫉妬した娘達の歌です。

しかし、最後の連では、ズーライカを美しく歌い、対価をもらふことを、自分たちの美の故に、ハーテムにゆるしてをります。

女性のこころを歌った歌といふことになりませう。

Patrouille, august stramm(斥候、アウグスト•シュトラム):第31週 by August Stramm, Ernst Jandl


Patrouille, august stramm(斥候、アウグスト•シュトラム):第31週 by   August Stramm, Ernst Jandl




August Stramm
【原文】

Patrouille

Die Steine feinden
Fenster grinst Verrat
Aeste wuergen
Berge Straeucher blaettern raschlig
Gellen 
Tod


august stramm

er august stramm
sehr verkürzt hat
das deutsche Gedicht

ihn august stramm
verkürzt hat
der erste Weltkrieg

wir haben da
etwas länger gehabt
geschwätzig zu sein


【散文訳】


斥候


石が、敵対する
窓が、裏切りを、嘲ってにやにやと嗤う
枝が、首を掴んで絞め殺す
山々が 灌木を、音を立てて、迅速に、剝落させる
甲高い叫びが
死が



アウグスト•シュトラム


彼、アウグスト•シュトラムは
非常に短くした
ドイツ語の詩を

彼を、アウグスト•シュトラムを
短くした
第一次世界大戦は

わたしたちは、すると(それなのに)
何かをもっと長く
無駄なお喋りをするようになった



【解釈と鑑賞】

今回は、ふたりの詩人の詩が並んでいます。


August Strammという詩人のことを書いたWikipediaです。


また、次のErnst JandlのWikipediaは、



このWikipediaの記述を読むと、August Strammは、従軍したことがわかります。

このことに関係したErnst Jandlの詩と併せて、ひとつにしたというのが、編集者の才ということになります。

最初の詩の第一行のfeindenというのは、この詩人の造語です。

これ以外には、4行目のraschligも造語です。

4行目の

Berge Straeucher blaettern raschlig

という一行の語の配置は、文法からみると破格です。

Bergeを主語、Straeucherを目的語として訳しました。

こういうことが、Ernst Jandlのいう「短くした」ことに通じているのでしょう。






【Eichendorfの詩76】Tafellied(食卓歌) 7 Toast(乾杯)




Eichendorfの詩76Tafellied(食卓歌) 7

    7. Toast(乾杯) 
  

【原文】

Auf das Wohlsein der Poeten,
Die nicht schillern und nicht goethen,
Durch die Welt in Lust und Nöten
Segelnd frisch auf eignen Böten.

【散文訳】

詩人達の健康を祝して、乾杯
シラーのように詩作するのではない、ゲーテのように詩作するのではない詩人達の
喜びと苦難の中で、世界を通って
新鮮に、独自の小舟に乗って、帆を上げて行く詩人達の

【解釈と鑑賞】

食卓歌、Tafelleidの最後の詩です。

前の歌がゲーテの誕生日に際しての歌でしたので、シラーとゲーテの名前が出て来ます。

この二人とは異なる詩を創作する詩人達、それはふたりのような大きな詩人ではないかも知れませんが、小舟にのった小さい、しかし独自の詩人達のこれからのために、乾杯すると歌っております。

シラーのように詩作するのではない、ゲーテのように詩作するのではない

と訳したところの動詞は、schillern, geothenとあって、これはそのまま訳すと、シラーしたり、ゲーテしたりということです。愛ヒィエンドルフの造語です。


この伝でいけば、eichendorffenということができるでしょう。

2014年7月19日土曜日

【西東詩集78】 Hatem


【西東詩集78】 Hatem


【原文】

WIE des Goldschmieds Bazarlaedchen
Vielgefaerbt-, -geschliffne Lichter,
So umgeben hübsche Mädchen
Den beinah ergrauten Dichter.


【散文訳】

金細工師の、市場(バザール)の露店のやうに
沢山の色の、沢山に磨きを掛けた燈籠のやうに
そのやうに、美しい娘たちが取り囲んでゐる
ほとんど、年老いて髪の白くなったこの詩人を。


【解釈と鑑賞】

前の歌に更に附加されるやうに歌われた短い歌です。

その通りの形象(イメージ)を思へばよいのではないでせうか。

次の歌からは、この美しい娘の一人がハーテムに歌ひかける構成となつてゐます。

Ich und du(わたしとお前):第30週 by Friedrich Hebbel


Ich und du(わたしとお前):第30週 by   Friedrich Hebbel





【原文】


Wir träumten voneinander
Und sind davon erwacht,
Wir leben, um uns zu lieben,
Und sinken zurueck in die Nacht.

Du tratet aus meinem Träume,
Aus deinem trat ich hervor,
Wir sterben, wenn sich eines
Im andern ganz verlor.

Auf einer Lilie zittern
Zwei Tropfen rein und rund,
Zerfliessen in eins und rollen
Hinab in des Kelches Grund.



【散文訳】


わたしたちはお互ひを夢見た
そして、そのことから目覚めてゐるのだ
わたしたちは、わたしたちを愛するために、生きてゐる
そして、夜の中へと、戻り、沈んで行く。

お前は、わたしの夢の中から歩み出た
お前の夢の中からは、わたしが歩み出た
わたしたちは、死ぬのだ
一方が他方の中に自己を喪つたときには。

ひともとの百合の上で、打ち震えている
ふたつの雫が、純粋に、丸くなって
融け合って、ひとつになり、転がつて
花の台(うてな)の底へと落ちて行く。


【解釈と鑑賞】


この詩人のことを書いたWikipediaです。



文学史に名のある、ドイツの詩人です。

解釈不要の詩ではないでせうか。




6. Der alte Held(老英雄) ゲーテの1831年の誕生日に合わせた食卓歌


Eichendorfの詩74Tafellied(食卓歌) 6

    6. Der alte Held(老英雄) 
   ゲーテの1831年の誕生日に合わせた食卓歌

【原文】

》Ich habe gewagt und gesungen,
Da die Welt noch stumm lag und bleich,
Ich habe den Bann bezwungen,
Der die schöne Braut hielt umschlungen,
Ich habe erobert das Reich.

Ich habe geforscht und ergründet
Und tat es euch treulich kund:
Was das Leben dunkel verkündet,
Die Heilige Schrift, die entzündet
Der Herr in der Seelen Grund.

Wie rauschen nun Wälder und Quellen
Und singen vom ewigen Port:
Schon seh ich Morgenrot schwellen,
Und ihr dort, ihr jungen Gesellen,
Fahrt immer immerfort!《

Und so, wenn es still geworden,
Schaut er vom Turm bei Nacht
Und segnet den Saengerorden,
Der an den bluehenden Borden
Das schöne Reich bewacht,

Dort hat er nach Lust und Streiten
Das Panner aufgestellt,
Und die auf dem Strome der Zeiten
Am Felsen voruebergleiten,
Sie grüßen den alten Held.

【散文訳】

》わたしは勇敢に試み、そして歌った
といふのも、世界がまだ沈黙してあり、そして蒼白であつたからだ
わたしは束縛を圧服し、支配した
美しい花嫁に抱きついて、捉へた束縛を
わたしは王国を征服したのだ。

わたしは探求し、根底を極めた
そして、忠実にそれを君たちに公にして告げた
神聖なる文書(聖書)に火をつけて、燃やすのだ
この英雄は、魂の根底で。

さてかうして、森という森、泉という泉が、さやけき音を立て
そして、永遠の港(避難場所)について歌ふや
既にわたしは朝焼けが膨れ上がつて行くのを見る
そして、君たちはそこで、君たち若者たちは
いつまでも、いつまでも限りなく(舟に乗って)行くのだ!《

そして、このやうに、いつも静かになると
英雄は、塔の上から、夜に、眺めて
そして、歌ひ手たちの結社を祝福する
花を盛りの道の辺(へ)に
美しい王国を衛(まも)つてゐるその結社を。

そこに、英雄は、気ままに、そして、戦いの果てに
軍旗を立てたのだ
そして、時代の流れ(河)に乗って
岩の傍を滑りゆくものたちは
この老いたる英雄に挨拶をするのだ。


【解釈と鑑賞】

ゲーテの82歳の誕生日に合わせてつくった食卓歌です。

ゲーテの誕生日を祝ふひとびとがゲーテを訪れ、お祝ひの席で、言つてみれば、アイヒェンドルフがその座の中に立って歌った食卓の歌といふことになるでせう。


最後の連の軍旗とは、変わらぬもの印(しるし)でありませう。

2014年7月12日土曜日

【西東詩集77】 Hatem


【西東詩集77】 Hatem


【原文】

Kann wohl sein! so wird gemeinet;
Doch ich bin auf andrer Spur:
Alles Erdenglueck vereinet
Find’ ich in Suleika nur.

Wie sie sich an mich verschwendet
Bin ich mir ein wertes Ich;
Hätte sie sich weggewendet
Augenblicks verlöre ich mich.

Nun, mit Hatem waers zu ende;
Doch schon hab’ ich umgelost,
Ich verkörpre mich behende
In den Holden den sie kost.

Wollte, wo nicht gar ein Rabbi,
Das will mir so recht nicht ein,
Doch Ferdusi, Motanabbi,
Allenfalls der Kaiser sein.


【散文訳】

それは、さうだらうよ!さう言ひたいのだね
しかし、わたしは他の道にゐるのだ
総ての地上の幸福は一つになってゐることを
わたしは、唯々ズーライカの中にのみ観ているのだ。

ズーライカが、わたしにその身を惜しみなく与へてくれると
わたしは自分自身が価値あるわたしであるのだ
もしズーライカが脇を向くと
直ちに、その瞬間その瞬間、わたしは、我を喪ふことでせう。

さて、ハーテムについては、これで終しまひ
しかし、わたしは既に籤を引き直したのだ
わたしは機敏に姿を変える
ズーライカの愛し味はう恋人にと

もしも、ラビ(ユダヤの法律学者)でさへさうでないところを
それは、わたしならば全く合点が行かないことだらう
しかし、フェルデゥシーやモタナッビについては
ひょっとしたら、皇帝は、合点が行くだらうよ。



【解釈と鑑賞】

大切なことは、恋人の人格であると、前の段で歌ったことに対する、ハーテムの返歌です。

最後の連のフェルデゥシーとモタナッビという人物は、それぞれ、前者は、期待してゐた詩人の手当が少なかったのを恨んで、シャーに対して侮辱的な言辞を吐いた詩人であり、後者は、独自の預言の言葉を以て、マホメット教へに対抗して現れた人物といふことです。

ゲーテのこころは、ラビにではなく(これまでも否定的に歌はれて来ましたので)、これらふたりの異端者にあることは、この屈曲した最後の連の表現に現はれてゐることなのです。


29_Aqua(水):第29週 by   Wolfgang Hilbig





【原文】


Ach der ganze Garten überschwemmt vom Mond
und Schwaerme von Fischen am Weg
wie Federn leicht wie zuckende Klingen aus Licht.
Sie kennen sich aus sie kennen den Trost
der Gemeinsamkeit.
Und die weissen Hortensien bluehn die ganze Nacht
noch wenn der Mond in seinen Abgrund steigt
leuchten sie weiter: wie Phosphor weiss und grün
und Wassergeister
               Wenn die Fische durch den Zaun entfliehn
haben endlich Heimstatt hier in diesem Bluehn.



【散文訳】


ああ、庭全体が、月によって水びたしになっている
そして、道端には、魚の群れが
羽根のやうに軽く、光の中から産まれて来るひくひく動く刃物のやうに
これらのものは、自分自身を知り尽くし、共通の慰めを知っている。
そして、白い紫陽花が夜中咲いてゐる
月がその深淵に昇るならば尚
紫陽花は、更にもっと光を発してゐる、燐のやうに白く緑に
そして、水の精たちがゐるのだ
    もし魚たちが柵を通って逃げるならば
遂には、故郷をここ、この紫陽花の盛りの中に定めるならば


【解釈と鑑賞】


この詩人のことを書いたWikipediaです。



ドイツの詩人です。


この詩の要の言葉は、庭、道端、このふたつです。母屋ではなく庭であり、道ではなく道端であるといふことが、そのままこの詩人と詩の本質を言ひ当ててをります。

叙情詩と呼ぶことのできる詩です。

上のふたつの場所に、夜と月の光とがあり、その中に魚の群れがあり、紫陽花の群れがある。


さうして、最後に魚と紫陽花の関係が歌はれるのです。

5. Die Haimonskinder(ハイモン伯の仲の良い4人の子供達)


Eichendorfの詩73Tafellied(食卓歌) 5

    5. Die Haimonskinder(ハイモン伯の仲の良い4人の子供達) 

【原文】

Auf feurigem Rosse kommt Baccus daher,
Den Becher hoch in der Hand,
Sein Roesslein wird wild, sein Kopf ist ihm schwer,
Er verschüttet den Wein auf das Land.

Den Dichter erbarmet der Rebensaft,
In den Buegel er kuehn sich stellt
Und trinkt mit dem Gotte Brüderschaft―
Nun geht’s erst, als ging’s aus der Welt!

》Ei, sieh da, so einsam, Herr Komponist!
Steig auf mit, ’s ist schad um die Schuh,
Du löst erst die Schwinge―und wo keine ist,
Da mach uns die Flügel dazu!《

Und was sie ersonnen nun, singen die drei.
》O weh!《ruft ein Saenger herauf,
》Ihr schreit ja die köstlichsten Noten entzweit!《
Und schwingt zu den dreien sich auf.

Nun setzt der Tonkünstler, skandiert der Poet,
Der Sänger gibt himmlischen Schall,
Es lächelt Herr Baccus:》Wahrhaftig, das geht,
Und’s Trinken verstehen sie all.《

Und wie sie nun alle beisammen sind,
Hebt’s sachte die seligen Leut,
Es wachsen dem Rosse zwei Schwingen geschwind
Und überfliegen die Zeit.


【散文訳】

燃えるような馬に乗って、バッカスがこちらへやって来る
杯を高く手に持って掲げて
その馬は乱暴になり、その頭(かしら)は重たい
バッカスは葡萄酒を、その土地に撒(ま)いてゐる

詩人を、葡萄の果汁は慰める
詩人は、勇敢にも鐙(あぶみ)に足掛けて
そして、神と兄弟の契りを交して、飲む
さて、かうしてやっと、この話は、恰も世界の中から外へとでるかの如くになるのだ。

》やあやあ、見ろよ、こんなにも孤独なのだ、音楽家氏は!
一緒に馬に乗れよ、靴も破れているではないか
お前は、まづは手綱を解くがいい、そして、手綱が無ければ
我々を馬の翼とするがいいのだ!《

そして、3人は、かうして考え出したものを歌う。
》ああ、何と言うことだ!《と、ひとりの歌手が歌い上げる
》お前達は、実際、行進して貴重な音を裂いてしまふ《と言い、
そして、3人に合わせて、歌い上げる。

かうして、音楽家は歌い上げ、詩人は騒ぎ立て
歌手は、天国の響きを出し
バッカス氏は微笑してかう言うのだ 》本当にまあ、いいだらうさ、
そして、酒を飲むことの本質を、奴らは皆理解しているのだから。《

そして、彼等が皆一緒になると
聖なる人々を優しく(世界という酒樽から)汲み出すのだ
馬には、ふたつの翼があっといふ間に生え
そして、時間を飛び越して飛ぶのだ。

【解釈と鑑賞】

Haimonskinder、ハイモン伯の4人の事ども達というヨーロッパ中世に広まった英雄伝説についてのWikipdediaです。


時は、カロリンガー王朝、カール大帝の御代の御話。日本語の世界でGoogleで検索してみると全く検索されないので、わたしたちには知られていない未知の物語の主人公たちということになるでせう。

Die Schwingeといふ語は、辞書をひき、Googleの画像検索をして調べると、馬の腹帯や手綱やら、馬の体のまん中から前半に掛ける馬具の総称のように思はれます。そして、Fluegel、翼といふ言葉の縁語です。

最後の連の二行目の

聖なる人々を優しく飲む(hebenする)のだ

と訳したところは、ドイツ語の慣用句の、

Wein aus Fassen heben(酒を樽から出す)

という言い廻しが念頭にあって、この行とこの慣用句は、第1連の

Nun geht’s erst, als ging’s aus der Welt!
さて、かうしてやっと、この話は、恰も世界の中から外へとでるかの如くになるのだ。

と訳した一行に照応してをります。

言って見れば、この騒擾の宴は、世界といふ酒樽から酒を汲み出して飲むやうなものだといふ考へが根底にあるのです。

しかし、出て来る子供の数は、だうやら3人のやうで、伝説では4人の子供といふことですから、これがだうなってゐるのやら、そこがよく解りません。伝説そのものの内容に踏み込んで、parodierenした詩ではないやうです。

アイヒェンドルフといふ詩人は、このやうな乱痴気騒ぎの場面を散文作品でも書いていますので、このやうな騒擾、祭りの騒乱が好きであったのだと思ひます。


2014年7月5日土曜日

【西東詩集76】 Suleika


【西東詩集76】 Suleika


【原文】

VOLK und Knecht und Ueberwinder
Sie gestehn zu jeder Zeit,
Hoeschstes Glück der Erdenkinder
Sei nur die Persönlichkeit.

Jedes Leben sei zu fuehren
Wenn man sich nicht selbst vermisst,
Alles koenne man verlieren
Wenn man bliebe was man ist.


【散文訳】

国民も、騎士の従臣も、征服者も
みな、いつも、かう告白する
地上の子供(人間)の最高の幸福は
ただ、その人格にあるのだ、と。

どの人生も導かれねばならない
ひとが自分では測り損ない、則(のり)を越えるならば
総ての物事を、ひとは失ひかねない
もし、そのひと自身が今ある人間に留まるのであれば。



【解釈と鑑賞】

これまでのハーテムの長い歌に対して、ズーライカが短く答えます。

いはば、大きく歌った男のハーテムに対して、小さくその男子の人格に焦点を当てた返歌です。

最後の1行には、人間は努力するものだといふゲーテの考へが現れてゐます。本当に、自分の分を守ることが難しい。

Fernreise(長距離旅行):第28週 by Gyroir Eliasson



Fernreise(長距離旅行):第28週 by   Gyroir Eliasson






【原文】


Die längliche schwarze Gepäckbox
auf dem Autodach, als harten die Menschen
ihre eigenen Särge bei sich
sicherheitshalber

Alle fahren schnell



【散文訳】


長い、黒の荷物箱を
車の屋根に載せて、恰も人間達が
その自分独自の棺桶を一緒に連れているかのやうに
安全のために

皆、高速で走っている



【解釈と鑑賞】


この詩人のことを書いたWikipediaです。



アイスランドの詩人です。レイキャビク生まれ。

ドイツのアウトバーンを高速で走っていると、この詩が生まれるかも知れません。あなたが、詩人であれば。





4. Berliner Tafel(ベルリン風の食卓)



Eichendorfの詩73Tafellied(食卓歌) 3

    4. Berliner Tafel(ベルリン風の食卓)

【原文】

Viele Lerchen hellerwacht,
Die zum Himmel steigen,
Viele Sterne in der Nacht,
Vieler Wipfel Neigen,
Viele frische Herzen dann,
Die begeistert lauschen―
Da bricht erst der Lenz recht an,
Klang und Waldesrauschen.

So sind viele hier gesellt:
Ruestige Gesellen,
Die ih’ Sach auf Klang gestellt,
Schauspiel und Novellen,
Viele dann, die recht sich freun,
Wenn wir’s löblich machen,
Und, greift einer falsch darein,
Auch von Herzen lachen.

Und wo solche Resonanz,
Klingt das Lied erste helle,
Wie wir hier vereint zum Kranz,
Blueht die sand’ge Schelle,
Kuckuck ruft und Nachtigall
Und von Lust und Schmerzen
Weckt der Schall den Widerhall
Rings in tausend Herzen.

Ein Land, das ihr schweigend meint
Und wir freudig singen,
Und ein Meer, das uns vereint
Soll hinueberbringen.
Frische Fahrt denn, nah und fern,
Allen mut’gen Seglern,
Die getreu dem rechten Stern,
Schlegelern oder Heglern!


【散文訳】

沢山の雲雀が、明朗に目覚めて
天まで昇り
沢山の星が、夜にはあり
沢山の梢(こずえ)の傾きはあり
ならば、沢山の新鮮なこころがあって、
それは、熱狂して、耳をそばだてる
すると、いよいよ春が破(や)れるように始まって
響きと森のさやけき音がする。

このように、沢山の者たちがここにでは仲間になる
活発な仲間達だ
自分たちの関心事を音にしたり
演劇と小説
次に、沢山の者たちが、本当に歓ぶ
もしわたしたちが賞賛をなすならば
そして、たとえある者が、間違えても
腹の底からの笑ふのだ。

そして、そのような共鳴のある所
歌がやっと明朗に鳴り響く
わたしたちが、ここで一緒になって花環になっているように
砂地の鈴(の花)が咲く
郭公が叫び、夜啼き鴬が啼く
そして、陽気と苦痛とから
響きが反響を呼び覚ます
周囲の幾千ものこころの中に。

お前達が沈黙して思う國
そして、わたしたちが喜んで歌う國
そして、わたしたちを一つにして
向かうへと運ばねばならない海。
すると、近かれ遠かれ、往路は新鮮、新鮮な往路だ
正しい星に忠実な
すべての勇敢な船乗りたちにとっては
シュレーゲル信奉者やヘーゲル信奉者にとっては!


【解釈と鑑賞】
第1連でいつもの通り自然を歌ふことで入って行くアイヒェンドルフですが、しかし、段々と詩は生彩を欠いてくやうに思ひます。

やはり、ベルリンはこの詩人には肌が合わなかったのではないでせうか。
そのことは、名詞を列挙する歌ひ方に現れてゐるとおもひます。つまり、動詞を欠いてゐて、動きがないのです。