南原充士の詩集『思い出せない日の翌日』を読む
南原充士さんから、この詩集をご恵贈戴いた。今までもずっと詩集をお送りくださっていて、それはそのまま文字通りの贈り物なのですが、お礼のメールを出すだけで、感想の言葉も批評の言葉もお届けすることができなかった。
前回の『にげかすもきど』の時も、素晴らしい詩集でしたので、感想を書き、批評の言葉を届けたいと思ったけれども、果たせなかった。
前回の、そして今回のこの詩集も、素晴らしい詩集です。
それは、なぜかといえば、南原さんという人間の言葉が、古典の言葉になっている其のような言葉を発して詩を書くようになったからです。
少し説明を致します。この説明は詩人とは何かという問いに答えることになり、詩とは何かという問いに答えることになり、言語とは言葉とは何かという問いに答えることになります。
なぜこの詩集が素晴らしいか。それは、南原さんの言葉が、これらの問いに正面から正直に答えていて、過(あやま)たない、間違っていない、正鵠を射ているからなのです。
さて、あなたに問いたい、そのような言葉はどこから生まれてくるのか、と。
その一番判りやすい詩から、最初に論ずることに致します。それは、この詩集の題名になっている『思い出せない日の翌日』という詩です。:
日記をつけ忘れて一週間も経つ
なんだかんだと仕事に追われ
身内の面倒を見たり
自分の体調がすぐれなかったり
患いが切れ目なしに襲ってきて
わずかな時間の切れ端すら
空白の行に向かうことを
許されなかったと言えば
嘘になるぐらいの世過ぎだが
一昨日の記憶があやふやになっている
あるいはその前日のことだったか
前々日のことだったか
日付だけつけて詳細は書かずに
日記帳を閉じる
もし今日も日記をつけなければ
明日は思い出せない日の翌日になる
この詩の素晴らしさは、
1。自分の日課である筈の日記をつけ忘れていること(日記をつけ忘れて一週間も経つ)
2。1のことを思い出していること、しかしあやふやに思い出しているといこと(一昨日の記憶があやふやになっている/あるいはその前日のことだったか
/前々日のことだったか)
3。毎日という日々の1日という時間の単位を忘れていること(一昨日の記憶があやふやになっている/あるいはその前日のことだったか
/前々日のことだったか)、そうして、
4。日記を付けるのに当たって、日付だけを書いて、日記帳を閉ぢること(日付だけつけて詳細は書かずに/日記帳を閉じる)
5。日記帳をつける目的が、明日の時点で過去を振り返って思い出せなくなるからだということ(もし今日も日記をつけなければ/明日は思い出せない日の翌日になる)実は、この5のことから、文法的に見れば、この話者は、
6。今日日記をつけずにいて、明日に今日を振り返ってみれば、すっかり今日のことを忘却していることを、こころの奥底では願っているということ。
これらのことを平明な言葉で書いて、詩として歌っているところに、この詩人の、少し古風な言い方をすれば、境地があり、その境地に至っているということなのです。
この境地とは何か。上記6で指摘したことを、この詩人は次の詩で、このように書くのです。
『未来から見る今日』
三十年後は微妙だが
百年後となれば一網打尽で
枯葉は舞い
朽ちて土に還るだろう
透明な自分がどこかにいて
今ここのテレビから漏れる音や
ダジャレに思わず顔を崩したり
手持無沙汰にこぶしを振り回す
この筋肉と脂肪とで時空に収まり
目をきょろきょろさせ
女に目をそむけられたり
突然腹痛に襲われたりする自分を
なつかしそうに見ている自分の
過去を見る視線はどんどんさかのぼり
もはや自分さえ通り過ぎて
朦朧したその先の闇を見つめている
最初に掲げた詩では、
「もし今日も日記をつけなければ
明日は思い出せない日の翌日になる」
と歌っているものを、この二つ目の詩では、最後の連にある通りに、その
「過去を見る視線はどんどんさかのぼり
もはや自分さえ通り過ぎて
朦朧したその先の闇を見つめている」
ことに至っているのです。
これは一体何でしょうか?何がこの詩人に起きているのでしょうか?
この問いは、最初に掲げた問い、
さて、あなたに問いたい、そのような言葉はどこから生まれてくるのか
という問いと、実は同じ問いなのです。
これらの言葉の生まれてくる場所を、上では境地といってみたのです。平たく場所といっても構いません。
即ち、この詩集では、この境地に立っている、或いは座っている、或いは寝ているということを自由自在にできるようになったということが、この詩人の身に起きていることなのです。
さて、その言葉の生まれる場所は、一体何処であるのか?
この詩集の主題を一言で言えば、上の二つ以外の詩もみな全て、時間に関する詩であり、過去・現在・未来の3つの時制(tense)と英語の時間に習い覚えた此の通り一遍の、一次元の、直線の時間をすっかり組み替えることができていて、時間を無化して、一見変哲もない言葉を使って、無理なく、立体的な構造体を作り上げていることに成功しているからです。
これを成し遂げたのは、決して力技なのでは全然なく、そうではなく、むしろ事情は全くの正反対で、力を抜いて、わたしの言葉で言えば、脱力して、これをなしたということが、わたしは素晴らしいことだと思ったのです。次の詩が、その脱力の意義を示しています。
「ふうっ
ふうっ
隣からも ふうっ
顔さえ知らない
町外れで ふうっ
野原を過ぎて
山道で ふうっ
丘の上から
港が見える
大型船は
南半球へ向かう
急に曇ってきて
今にも雨が降りそうだ
わき目も振らず
下り始める
気がつけば 月
星も見える
こんなにたくさん
夜空に輝いている
瞬いて ふっ
流れて ふっ
この方向を
じっと見ることは
過去を見ることなんだね
視線が届くはずの頃には
どこにいるんだろうね」
さて、その言葉の生まれる場所は、一体何処であるのか?
その場所は、この詩が示しているように、
1。目の前に景色を見ている(現実と現在)にも拘らず(この拘らずということが、詩を書く上で、とても重要なのです。)
2。実は、この詩の話者は、現在の現実には居ることはなく、時間のない場所(空間)に、何の苦労もなくいることができるということ(じっと見ることは/過去を見ることなんだね/視線が届くはずの頃には/どこにいるんだろうね)
この二つのことのできる場所から、南原さんの言葉が湧いて出てきているのです。
それをどうやって、この詩人は、技術的に可能にしたのか?
すでに最初の二つの詩がそれを示しているのです。青い鳥は、いつも家の中の直ぐまぢかな鳥籠の中にいて、白い色をしているが実は青い色をしているものです。
この詩人と話しをして、よく聞く言葉に、詩作にもやはり文藝という藝である以上、技術というものが大切ではないかと自分は思っているという此の考えがあります。これが、この詩人の考えなのです。この技術をそのまま、わたくしたちは藝術という技術として呼んでいる。
上でわたしの云う技術とは、この詩人の云う此の藝術という技術のことです。この技術はどういう技術であるか。それをあなたに伝えたいと思います。もうひとつの詩を読むことにします。一体この詩人は何を歌っているのかを、あなたに知ってもらうために、です。
相似形
木の葉の上の朝霧がきらきらと輝く
風に揺られて葉は翻り
丸い水滴が下に落ちる
地面に浸み込んだ水は見えない流れとなり
遠く離れた岩の隙間より湧き出す
そこに鳥が集い水を飲んでは
まだどこかへ飛び立つ
鳥がおとしたしずくは
運の悪い旅人の頭に命中する
泉の水をすくって洗い流す
下流の集落から水を汲みに来た娘が
よその村から狩りに来た若者と出会う
獲物をさし出されて戸惑い
水桶を倒したまま走り去る
若者はもう飲めないというほど水を飲む
ずっと時は下りすっかり開発された街に
おしゃれをしたひとびとが行きかう
ショーウィンドウからポーズを決めているマネキン
広いブールバードを飛ばすスポーツカー
一級河川沿いに高層マンションが立ち並ぶ
河口付近で並んで流れを見やるカップル
どこから見ている気配がある
だれかが空の上から見下ろしているのか
かすかな振動音がふたりをふるわせ
見上げた視線の先に雲が浮かぶ」
この詩を読むと判りますが、この詩人の関心は、やはり時間にあるのです。以前の詩集『タイムマシン幻想』では、同じように時間を主題にして過去と未来を現在から往復する詩を言葉に表しておりましたが、しかし、この詩集のように時間の取り扱い方に、しようとしてもできずにいて(恐らく詩人はもどかしい思いをしていたのではないかと思いますが)、短いコントに終わっておりました。勿論、これはこれで愉快な話しの連続ではあるのです。
しかし、この詩の題名に『相似形』とつけた詩人のこころを思ってみて下さい。想像するのです。
この空間的な、幾何学の名前を詩の題名にして、一体何と何が相似形だと、詩人は思っているのでしょうか。
この相似形を発見する場所を、『ふうっ』という詩では「ふうっ」と呼び、『思い出せない日の翌日』では、「日付だけつけて詳細は書かずに」「閉じる」「日記帳」と呼び、「もし今日も日記をつけなければ/明日は思い出せない日の翌日になる」今日と呼んでいるのです。
この「ふうっ」という息の漏れる瞬間の時間や、「日は思い出せない日の翌日になる」今日は、こうなると、もはや時間と呼ぶよりも、いよいよ、空間と呼ぶ方が正しいことになるのではないでしょうか。
そうして、実際にそれは「日記帳」と呼ばれている物になっています。この日記帳も、ここまで来れば、もはや物質的な日記帳では更に無く、上で述べましたように、一つの場所、一つの時間の無い空間になっております。
『相似形』という題の詩でいうならば、最後の連の「雲」が、それです。
しかし、一体話者が日記帳に居たり、雲に居たり、「もし今日も日記をつけなければ/明日は思い出せない日の翌日になる」今日に居たりすることができる此の場所とは一体どんな場所であり、それは何処にある場所なのでしょうか。
それが、わたしがこの論の冒頭に述べた「古典の言葉になっている其のような言葉を発して詩を書く」ことの出来る古典的な場所なのです。
それは、この詩集のどの詩も、磁石の針が示すように示しているように、わたしたちの現実の此の現在という時間に如何に対するかということ此の一点に其の実現は掛かっています。
例示をすれば、次に列挙する詩の中の例えば『飛行船』という詩の「飛行船」もまた、それから『丘の上から』という詩の「丘の上」もまた、この「雲」と同じ古典的な無時間の、交換された時間である場所となっています。
これらの言葉は、従い、飛行船であって飛行船ではなく、丘の上であって丘の上でなく、雲であって雲ではないのです。
南原さんは、この現在の一点にあって(一瞬ではありません、何故ならば一瞬ならば其れは時間だから)、時間の単位を交換する言葉の技術、即ち藝術を自家薬籠中のものとしたのです。
これはこの間(かん)の、この詩人の意識のありかたに大きな変化のあったことを物語っております。
上に挙げた詩は、みな時間に関する詩ですし、それ以外にも、上に挙げた詩以外の詩で時間の名前のある詩を、今目次から拾って列挙すれば、『翌日』『雪の日の翌日』『曇りの日の翌日』『春一番の翌日』『戻らない日』『顔のある日』『生きている過去』『週末』『なにかを踏んだ日』『なにかがわかった日』『未来から見る今日』『突然の知らせを聞いた日』『怒りの日』『あきらめない日』『今日の翌日』『いつか来る日』と、これだけで、計算すれば、この詩集の4割余の割合を占めていることで、その関心の深さと確かさが、よく判ります。
時間に関する詩集ですから、当然のことながら記憶や記録や、これらの忘却についての詩もあって、それらの名前を挙げると、『石』『違う言葉を話すひと』『潮騒』『非常ベル』『睡魔』『記憶』『旗』『飴』『古い家』という詩を挙げることができるでしょう。
これらの詩の二つの種類の名前に関係する詩を列挙して、こうしてまとめてみますと、もうほとんどこの詩集のすべての詩を列挙するということになってしまい、そうして、この詩集は実に南原さんらしく明晰に、次の二つが主題だということになるのです。しかし、これらの二つは、その事柄の性質から言って、全く同じことの裏と表であることはお判りでしょう。
1。時間の単位の交換
2。記憶や記録や、これらの忘却と想起
普通の詩人は、いつも上記の2についてしか書くことができないものです。しかし、南原さんは、やすやすと上記1のことが出来るようになった。
この詩集のあとがきを拝見致しますと、この詩人は「中学生の頃から日記を付け続けている」と書いていて、この詩集は「そうした人間の日記や歴に係わるちょっとした思い出や感情を、詩作品として再構成したものとなっている」と書いておりますので、これらのことに全く、無頓着であり、無意識にいるのだということが判ります。
何か「中学生の頃から日記を付け続けている」というこの営為は、この詩集を編むために書き続けて来たのではないかと、わたしには思われるほどです。
このような時間の空間化という古典的な詩人の位置を確かめるために、最後に全く時間的ではない題名を持つ空間的な詩を選んで、これが一体どのような意識で交換されているかをみてみることにいたしましょう。それは、『キムチの範囲』という題の次の詩です。
電車に乗り込んできた女子高生のグループ
キムチのにおいがぷんぷんしているのを
取り繕うかのようにマジ、クセと言い交わしている
混んでいる時間帯の乗客は老若男女にかかわらず
じっとそのままの距離を保っている
文庫本に目を落としたりイヤホンをしたり
無関心を装う年配の男性の脳内ではきっと
数人の女子高生を筏に乗せ静かに川に流すだろう
空白のポケットを換気扇を強にして回すだろう
電車からの帰り道 さかんにすスーツの袖口を嗅いでは
しかめ面で首を振るのを怪訝に思う女子高生とすれちがう
一瞬臭いの入れ替わりの術を使ったのを知らないのだろう
この詩の最後の一行の、話者の使う誰にも知られぬ「一瞬臭いの入れ替わりの術」こそが、この詩人が到頭至って手に入れた藝術という術の極意、時間の単位の交換の秘術なのです。
この予兆というべき詩集が、この詩集の前の『にげかすもきど』でありました。
何故ならば、この詩集は実に素晴らしいナンセンス(無意味)の言葉遊びの詩ばかりの詩からなる詩集であり、全くそこには時間が存在していなかったからです。
言葉だけで時間を空間化するのであれば、言葉遊びの世界は、人類の持つ最高度の娯楽(エンターテインメント)の世界です。勿論、これであれ、誰にでも容易に出来るものではなく、やはり「中学生の頃から日記を付け続けている」というように長い長い時間の修練が必要なのです。
わたしが、古典的な場所だといいたい理由は、しかし、この南原さんという人間の言葉が、今度は、言葉だけの世界ではなく、現実の現在のこの今居る此処に居て、この場所そのものから時間を交換して時間を無化し、到頭時間のない場所を創造し、或いはまた逆に、発見することに至ったからなのです。
これは、古今東西あらゆる詩人が、誰一人例外なく、求めて至るべき境地なのですし、勿論そこに至らずに終わってしまう詩人たちもたくさん居ることでしょう。詩人の有名無名には全く、これは関係のないことです。その人間の人生の中での努力如何の問題であるのですから。
言語の世界での幸運の実現は、求めて与えられるものはありません。言語の世界は宗教の世界ではない。宗教の世界が言語の世界の一部なのですから。
詩人として絶対贈与者であるという、その人生を南原さんが貫いて生きて来たことの、この詩集は証(あかし)だと、わたしは思っております。
ある時、南川優子さんの催して下さって英詩の読書会の後、駅までの道々を一緒に歩きながら、詩人はこういったのですから。
「僕は、自分の知らない言葉、理解していない言葉は、仕事の世界でも決して使わないようにして来た」と。
これが一体どのような人生であったかを、あなたは我がことに引き比べて想像してみて下さい。そうすれば、この詩集の詩の世界のこころを理解することができましょう。
次の詩集、その次の詩集と、益々自由自在の此の境地から発せられる言葉で書かれた詩集になり行くことの楽しみを以って、待つことに致し、筆を擱くことに致します。
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