2012年9月22日土曜日

【西東詩集14】Dreistigkeit(不遜な態度)


【西東詩集14】Dreistigkeit(不遜な態度)


【原文】

Dreistigkeit

Worauf kommt es überall an
Dass der mensch gesundet?
Jeder höret gern den Schall an
Der zum Ton sich rundet.

Alles weg was deinen Lauf strört!
Nur kein düster Streben!
Eh er singt und eh er aufhört
Muss der Dichter leben.

Und so mag des Lebens Erzklang
Durch die Seele dröhnen!
Fühlt der Dichter sich das Herz bang
Wird sich selbst versöhnen.


【散文訳】

不遜な態度

一体何に拠るのだろうか
人間が健康だということは?
誰もが、響きを聴きたがる
丸くなって、音になっている響きを

お前の道を邪魔するものは、みな失せろ!
暗い、陰気な努力だけは、やめろ!
歌を歌う前に、歌をやめる前に
詩人は生きなければならないのだ。

そして、生きることの鉱石の響きは
魂を通って、轟(とどろ)き渡るがいい!
詩人がこころを不安に感じているならば
自分自身と和解をすることになるだろう。


【解釈】

この詩の題は、詩人の態度が不遜だということを言っているのです。

次回の詩の第1行が、詩作するとは高慢なことだという一行がありますので、この辺りは、世間の何かしらの圧力から我が身を護ろうという詩人の意識を読むことができます。

この詩も、その意識の中で書かれた詩です。

世間の人間からみれば、詩を書くという行為は、不遜な行為に見える。

世間の人間は、丸くなった音を聴きたがるが、詩人は今そんな音を創造することもできないし、そもそもそんな音を狙って詩は書くものではない。

第3連にあるように、鉱石、原石、あらがねに戻って、そのこころ、魂を通じて、生きること、これが最初にあるべきものだ。そうして、詩人は、そのような生を生きるのだ。それから歌を歌い、詩が生まれる。

自分自身と和解することがなければ、詩人は詩を書く事ができない。

このような態度が、世間からは不遜に見えるということです。

最後の一行は勿論ですが、この詩そのものは、現代の詩人たちにも、そのまま通用する詩だと、わたしは思います。


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