藤島秀憲さんという方の歌集『すずめ』を読みました。
既にこの題名が示しているところですが、この方の和歌の特色は、
1。繰り返し
2。重複
3。韻
4。擬音語、擬態語
これらのことにあります。
これらのことは、根はひとつで、その現れが、そうだということです。
すずめという名前が、既にすの音の繰り返しであり、重複であり、韻律を踏んでいる。
と、そう思うほどに、この特色は徹底的な性格を備えており、また同時にこの歌集の骨格となっています。
以下、思うままに、この特色を備えた歌をすべて挙げて行きます。ご鑑賞下さい。
春はそこ猫はそこそこ色気づき学習机がとなりにとどく
かすみ草の種はいずこに蒔かんかなここ百日草ここ金魚草
くぬぎの木しいの木ならの木かしわの木春の茸を春子とぞ呼ぶ
黒板を斜め斜めに消してゆく佐佐木幸綱教授の肩幅
届きたるままの折り目に朝刊がゆうべの父のかたわらにあり
森深く父と迷えばチュピルルルいつまでツツツどこまでトトト
焦げているとなりの煮物春の夜の窓と窓とが細めにひらく
ゆるキャラのコバトンくんに戦(おのの)ける父よ 叩くな 中は人だぞ
青簾青柚青蔦青嵐あなた青芝朝顔の鉢
薬研掘とんとん七味とんがらし信女の母がいまでもうたう
さくらもち草餅かしわ餅ついに完売したる第2期の墓地
夏椿さらさらと咲きお父さんパンツを脱いだらパンツを履こう
けろけろと父は蛙の真似をしてわれは鳴かずに茂吉を読めり
父の匂い、わが家の匂い、分ちがたくて蝉しぐれ聞く
葉牡丹を時計に植えている人が季節をすんと早送りする
よく噛んで食べよもこもこ栗ごはん富士山頂にまだ雪はなし
二の酉を過ぎてしだいに狭くなる朝朝洗う顔の面積
口喧嘩するにはふたり以上要るまたに擂り鉢挟んで擂りぬ
凧の浮く空仰ぎつつ笑いつつ嘘のつじつま合わなくなりぬ
文字のまだなかりし頃のうたびとのようなはるにれ冬のはるにれ
降る雪の畑の無人販売所休みの札のなけれど休み
さいたまのたたみに散っている父の癇癪癖のたけのこごはん
父の皮それでもわれに温かいひっぱりひっぱりひげを剃りつつ
雪になる予報がはずれ雨のまま会う人はみな雨をよろこぶ
単1がなし水がなし妻梨の花は咲けども納豆がなし
西洋人ふたりだけいる仲見世の猿がしゃかしゃかシンバルを打つ
柿の木に若葉の季節しろがねの蛇口ひねれば水が出てくる
ふくふくと暖色系の雨が降る八重を一重を咲くやまぶきに
豆腐屋に絹の冷えつつ売られおり初のつばめがつーつーと飛ぶ
停電の夜を二時間叫びしが父は話さぬ父になりたり
黄色い線を一度またげばもう一度またぎてわれは夜を帰り来つ
収穫の終わりし梅の畑には今日ねぎらいの、ねぎらいの雨
五年ぶりに妻と寝しと川口の友は灯りのともらぬ夜を
早大文は裏からみても早大文向かいの窓に目標があり
明日こそ月曜こそはと一年の過ぎつ痛みのまだ残りおり
幸せだ 青葉若葉を通り抜け日差しが届くジャムを塗る手に
動詞より名詞を大事にする恋の伊東屋のびんせん鳩居堂のはがき
まっすぐに光射しくる一本(ひともと)に生きて鳴く死んで鳴く蝉
被爆アオギリ2世が映り揺るる葉の裏を這う蟻ついでに映る
ゆうがおの咲きても暮れぬ濹東に加茂茄子田楽あつあつが来る
含羞草(おじぎそう)おじぎをすれど車椅子デビューの父は下向くばかり
放光院の一人息子の竹馬が木(こ)の暗(く)れ茂(しげ)をかくかく進む
わけありの女男(めお)をひとりで演じれば腰に這う手と払いのける手
つっこみの兄をなくしし弟の汗は垂りつつぼけてもひとり
鉄板にラードは溶けてほのぼのと秋の六区に団扇を使う
文学館の秋の日ざしのさしこまぬ窓辺にひらく稿本の甲
餌を食う命と餌になる命ラッコの食事時間はたのし
佐佐木家と訊けば谷中の駐在さん秋のおわりの公孫樹を指さす
網棚の生八つ橋がしずやかに夜の深谷を過ぎてゆくらん
亀十の前に逢いつつ別れつつ五度目の冬をわたしは癒えて
湯気の立つごはんがあって父がいてあなたにたまに逢えて 生きてる
予報では今日は午後から野ぼたんの鉢を庇の下に移しぬ
野の菊は倒れつつ咲きどっぺりと雨雲低く一葉の町
さざんかの散って本郷本郷は坂のかたちに風の吹く町
パステルで淡く描いているような雨の晩秋ばんしゅうのあめ
みみずくの啼いて啼きやみ啼くまでの市民の森をわれは横切る
魚偏に雪の魚のほろほろと身のほぐれつつ三月よ来い
梅の香に百日百夜(ももかももよ)とあそびたる家をうつつを父去らんとす
待つ父のもうおらざるに味噌汁で流し込みつつ食う むせて食う
母が逝き父が逝き二十四時間がわれに戻り来たまものとして
立春を過ぎたる梅に二羽四羽めじろの来るは去年のごとし
母を出て五十一年経つわれがひとりでひとり分を食いおり
足の指きりきり冷えて目覚めたり父を捜しに行きし町より
窓辺から窓辺にうつすシクラメン緊急連絡網をつなげて
辛夷咲く空を見上げるわが命いろいろあった冬いとおしむ
みぞれふる菊坂われに肉親と呼べるひとりもなくみぞれふる
ことさらに大島桜におう春罪の数だけ罪に苦しむ
ああ、その手、その手がわれを拒みしに 父にぞ祈る手を今は見る
膝の上の本にさわさわ揺れやまぬいまだ青き葉すでに紅き葉
学歴にも職歴にも書けぬ十九年の介護「つまりは無職ですね」(笑)
藤島家最後のわれは弱冷房車両に乗りぬたまたまでなく
朝に書きヒルには消してしまう歌悲しきことを悲しく詠みぬ
成就することが罪なる恋をして枯れたら枯れたでいい梅もどき
焼け焦げる匂いすなわち労働の匂いと工事現場をよぎる
舗装路を穿つ男の揺るがざる体を見たり恥じつつわれは
ちちははの運び出されし路地をわれ一人死ぬため歩いて出ずる
越してゆく町はふたたび三丁目金魚の鉢を細かく割りぬ
「引っ越しの夢」を三三(さんざ)で聴いた夜あなたは軽く咳きこんでいた
数々の短歌をわれに詠ましめし父よ雀よ路地よ さようなら
肉親の介護終えたる男にて喜怒哀楽の淡き日が過ぐ
落としたる青きりんごを追わぬまま坂ある町に暮らしはじめる
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