2009年10月2日金曜日

リルケの言葉、fallen、ファレン、落ちるという動詞の美しさについて


オルフェウスへのソネットを、例によって移動書斎にて読んでいると、やはりまた、わたしは
リルケの使う言葉、fallen、ファレン、落ちるという動詞の美しさについて語りたいと思った。

そうして、Herbst、ヘルプスト、秋というリルケの詩を探して、というのは、この詩には、やはり
fallenという言葉が出てくるのですが、それを引用もして、この言葉の美しさを語りたいと
思ったのでした。

そうしたところ、素晴らしい文章に出会いましたので、そのブログのアドレスを以下に引用して、
読者にお伝えしたいと思いました。

これは、リルケの秋という詩と、リルケが秘書をしたロダンについてのリルケの文章を翻訳しているものです。後者には、悲歌の中でもリルケが特別な関心を示したいた手についての、リルケの考察を読むことができ、悲歌についての、それからオルフェウスへのソネット24についての(ここでも、粘土という、手で制作するものが歌われている)理解が格段に進むことと思います。前者については、落ちるという動詞が訳されていて、それはその通りの訳となっています。


また、次の同じブログのページには、リルケの墓碑銘である薔薇の詩についての、興味深い解釈が書かれています。



リルケのfallenという言葉の美しさについては、次回稿をあらためて論じたいと思います。

2 件のコメント:

鳰の湖 さんのコメント...

はじめまして。ブログにコメントをいただき、また今日こちらを拝見したら私のブログを紹介していただいており、こそばゆい思いです。ありがとうございます。
実は少しコメントを書いていたのですが、このブログへの投稿に慣れていないため、保存しないまま消してしまいました(笑)
今後とも、takrankeのブログを少しずつ読めせて頂こうと思います。どうぞよろしくお願いします。

タクランケ さんのコメント...

鳰の湖 さん

わたくしのコメントをごらんくださって、ありがとうございました。

ひょっとしたら、そのままになってしまうのではないかと思ってもいたのです。なによりでした。わたしも、 鳰の湖 さんのブログの中の仕組みがよくわからなかったものですから。

貴兄のブログ、楽しみに拝読いたします。