2016年5月24日火曜日

24. MAI:Mein schönstes Gedicht(わが最も美しい詩)by Sascha Kaleko

24. MAI:Mein schönstes Gedicht(わが最も美しい詩)by  Sascha Kaleko





【原文】

Mein schönstes Gedicht?
Ich schrieb es nicht.
Aus tiefsten Tiefen stieg es.
Ich schwieg es.


【散文訳】

私の最も美しい詩ですつて?
そんな詩は書かなかつたは、書いたのではないのです。
それは、最も深い深みの中から立ち昇つたのですから。
私は、それについては、口をつぐんだのですから。


【解釈と鑑賞】

ドイツ語圏の詩人です。オーストリア・ハンガリー帝国の時代に、今のポーランドに生まれました。没した地はスイスのチューリッヒです。

ドイツ語のWikiです:

英語のWikiです:

最初の行の「私の最も美しい詩ですつて?」といふ一行の解釈は二つあつて、一つは、個別具体的に、相手に「この詩は、あなたの一番美しい詩ね」といはれた場合、もう一つは、今まで書いた詩の中で一番美しい詩は何、どんな詩?」といはれた場合、この二つです。

どちらと取つてもよい詩です。作者の詩作への態度がいつも変わらず、さうであつたからでありませう。

最後の行の、

「私は、それについて、口をつぐんだのですから。」

これを、

「私は、それについて、沈黙したのですから。」

と訳しても構ひません。

しかし、印象はまた異なります。


吟味して、私は大和言葉を採りました。

2016年5月23日月曜日

23. MAI:Leben(生活)by Rainer Braubach

23. MAI:Leben(生活)by  Rainer Braubach




【原文】

Ich schreibe keine Geschäftsbriefe,
ich behaare nich auf dem Termin
und bitte nicht um Aufschub.
Ich schreibe Gedichte.

Ich schreibe Gedichte auf den Rummelplätzen,
in Museen, Kasernen und Zoologischen Gärten.
Ich schreibe überal,
wo Menschen und Tier sich ähnlich werden.

Viele Gedichte habe ich den Bäumen gewidmet.
Sie wuchsen darob in den Himmel.
Soll einer kommen und sagen,
diese Bäume seien nicht in den Himmel gewachsen.

Dem Tod keine Zeile bisher.
Ich wiege achtzig Kilo, und das Leben is mächtig.
Zu einer anderen Zeit wird er kommen und fragen,
wie es sei mit uns beiden.


【散文訳】

私は商売(ビジネス)の手紙を書かない
私は納期にはこだはらない
そして、納期の延長もお願ひすることはない。
私は詩を書くのだ。

私は、人だかりのする騒がしい場所で、幾つも詩を書く
博物館で、兵舎で、そして動物園で。
私は、至る所で、書く、
人間たちと動物が互ひに良く似るようになる其の場所で。

数多くの詩を、私は数々の樹木に捧げた。
樹木たちは、あの向かうの上方の、天空の中へと成長した。
誰かがやつて来て、そして、かういふだらうか、
それらの樹木は、天空の中へなんか成長しなかつたんだよ、と。

死には、これまで、一行も詩を捧げなかつた。
私は測ると体重80キロで、そして生活とは、生きるとは、強力であり、最初から争(あらが)ひ難い。
別の時に、その誰かがまたやつて来て、そして、かう尋ねるのだ、
私たち二人については、どうなんだい、と。


【解釈と鑑賞】

この詩人の父親は、ドイツはケルンの生まれで、ピアノの調律師で、1908年よりスイスのバーゼルに住して、1917にバーゼルにて生まれたのが、この詩人です。従ひ、ドイツ語の詩人ではありますが、スイスのドイツ語圏の詩人です。ドイツ語のWikiです:


最後の連の最後の一行、

「私たち二人については、どうなんだい、と。」

といふ此の一行は、あんたの詩に歌はれてゐる樹木については、あんなことを言つたけれど、一体俺たちは、天国へ行けるのだらうかといふ意味でせう。

それもまた、「私たち二人」と書いてゐますから、第3連では詩に対しては生活するといふこと、生きるということとの関係では誠に素つ気なかつた男が、死を前にすると急に親し気な態度を詩人にとつてゐるのです。

自分一人で自然の生命を褒め称へるために一人で詩を書いて、日常の生活と生きることに抗して、「体重80キロで、強力であり、最初から争(あらが)ひ難い」「生活」と「生きる」ことをしながら、詩作して、それを寿命ある人間にではなく、自然の中で天国に向かつて永遠に成長する樹木に捧げて生きて来た詩人の姿が彷彿とします。

かうして、最後の連の最後の一行を理解してみますと、

「私は、至る所で、書く、
人間たちと動物が互ひに良く似るようになる其の場所で。」

とある一行が、静かな声調ではありますし、また詩人自身がさう意図したとは思ひませんけれども、しかし誠に辛辣な一行に、人生に対する此の詩人の態度が、生き方が、なつてゐる。大げさな身振りや声ではなく、巧まずに、さうなつてゐる。としてみると、

「私は商売(ビジネス)の手紙を書かない
私は納期にはこだはらない
そして、納期の延長もお願ひすることはない。
私は詩を書くのだ。」

とある最初の連の書き出しは、第3連と第4連に登場する「誰か」に此の詩人が代表させてゐる其の誰かの、日常の生活の中に広くある人間の実際の姿であることが判りませう。

日常に日々忙しく生活すれば、死を忘れる。「死には、これまで、一行も詩を捧げな」ければ、死を忘れることはない。それが、数々の樹木に捧げて来た此の詩人の詩であると、詩人は自ら云つてゐるのです。



2016年5月22日日曜日

22. MAI:Wer wußte je das Leben recht zu fassen(一体今までに誰か人生をきちんと掴まえへた奴がゐるのか)by August von Platen

22. MAI:Wer wußte je das Leben recht zu fassen(一体今までに誰か人生をきちんと掴まえへた奴がゐるのか)by  August von Platen





【原文】

Wer wußte je das Leben recht zu fassen,
Wer hat die Hälfte nicht davon verloren
Im Traum, im Fieber, im Gespräche mit Toren,
In Liebesqual, im leeren Zeitverprassen?

Ja, der sogar, der ruhig und gelassen,
Mit dem Bewußtsein, was er soll, geboren,
Frühzietig einen Lebensgang erkoren,
Muß vor des Lebens Widerspruch erblassen.

Denn jeder hofft doch, daß das Glück ihm lache,
Allein das Glück, wenn’s wirklich kommt, ertragen,
Ist keines Menschen, wäre Gottes Sache.

Auch kommt es nie, wir wünschen bloß und wagen:
Dem Schläfer fällt es nimmermehr vom Dache,
Und auch der Läufer wird es nicht erjagen.


【散文訳】

一体今までに誰か人生をきちんと掴まえへた奴がゐるのか
その半分を失った奴は誰だ?
夢の中で、熱に浮かされて、愚か者たちとの会話で
愛の苦悶の中で、むなしい時間の浪費の中で、失った奴は?

さうさ、おまけに、平然とし、悠然として、
自分が、生まれた以上は、早い時期に人生の行路を、
どうしても選ばねばならぬといふ意識でゐる奴なんぞは、
ざまあみろ、人生の矛盾の前で青ざめねばならないのさ。

といふのは、何といつても、誰もがかう思つてゐるからさ、
幸せは自分に笑ひかける、と
しかし、幸せといふ奴は、もし実際に来たとしたら、それに堪えるといふこと、
これは、人間の問題ではなく、神さま(Gott)次第の事だらう。

幸せが決して来ないといふならば、我々は唯願ふのみで、そして勇気を出すのだ、即ち、
眠る者には、もはや断じて、幸せが棚からぼた餅といふことはない、
そして、走る者も、幸せを狩りで追いかけても捕らへられない、と願ふ勇気を。


【解釈と鑑賞】

この詩人のドイツ語のWikiです:


これには、

Karl August Georg Maximilian Graf von Platen-Hallermünde - auch „[...] von Platen-Hallermund“ und kurz „August von Platen“ - (* 24. Oktober 1796 in Ansbach, Ansbach-Bayreuth; † 5. Dezember 1835 in Syrakus, Königreich beider Sizilien) war ein deutscher Dichter. Oft wird er August Graf von Platen oder schlicht Graf Platen genannt.

とありますので、生まれ育ちはドイツのアンスバッハといふフランケン族の土地、没っした地はシシリアのシラクサといふ人生は、数奇な、普通の人とは異なる人生であつたことを思はせます。

確かに、この詩の歌ふところでありませう。

蛇足ですが、ドイツ語から割合に直訳調にfassenを「掴まえる」と訳しましたし、それは間違つてをりませんが、これの意味するところを他の日本語で言ひ換えれば、理解をするといふ事です。即ち、人生とは何かといふ問ひに、日常の実感を以つて回答する事です。

最後の連の、

眠る者には、もはや断じて、幸せが棚からぼた餅といふことはない、

と訳したところの「棚からぼた餅」といふのは、ドイツ語を其の儘に訳すると、幸せが屋根から落ちれくる事はないといふ訳になります。

この原文を読んで、私の思ふのは、それは農家の屋根で、その下にあつて本来は仕事をして、土地に鋤(すき)を入れたり、耕したりして額に汗しなければならないものを、屋根の下で日向ぼっこでもして眠りこけてゐる奴などには、幸せはやつて来ないといふ意味でありませう。



2016年5月21日土曜日

第20週:Wasser(水)by Philip Larkin(1922 - 1985)


第20週:Wasser(水)by  Philip Larkin(1922 - 1985)




【原文】

Wär ich berufen,
Einen Glauben zu gründen,
Würde ich Wasser mir wählen.

Kirchgang wäre
Waten hin zu
Trockner, anderer Kleidung;

Zur Liturgie benutzte ich
Bilder von Durchnässung,
Einen wilden, frommen Wasserguss,

Und im Osten erhöb ich
Ein Glas voll Wasser,
In dem jedes gebrochene Licht
Sich sammelte, immerfort.


【散文訳】

もし私の天から授かつた使命が、
一つの信仰を打ち立てよということであるならば
私は、私ならば、水を選ぶだらう。

教会への道があるのだから、その道があれば
それは、水ある河を渡つて向かうへと
乾いた、もう一つの衣装へと、向かふ徒渉であらう、といふのは、

教会への道とは、すつかりと濡れそぼつことの形象の数々であり、
或る野生の、敬虔なる下水道なのだから。

さうして、東方にあつて、私が掲げるのは
満杯に水を湛(たた)えた一つの杯(グラス)であり、
その杯の中にあつては、砕けたどの光も
集まり集まつて、止まないのだ。


【解釈と鑑賞】

この詩人は、イギリスの詩人です。

英語のWikiです:

一読、誠にイギリス人らしい詩だと思ひました。

端正な詩であり、静かで地味な言葉の使ひ方をしてをりますが、誠に静謐であり、深いものがあります。

すべての行は、ドイツ語の文法でいふ接続法II式で書かれてをり、これは英文法でいふ非現実話法なのですが、その効果が十分に発揮されてゐます。

キリスト教の信仰と教会といふ事から、この詩を読んだ読者の思ふのは、水といへば聖水でありませうし、東方といふ言葉を読めば、やはり読者はイエス・キリストの誕生を祝福しに遥々(はるばる)と東方より参じた3人の博士でありませう。

このやうな日常の生活と聖書の故事を踏まえて二重構造にして詩を作るといふ、これはやはり年功年季の入つた詩人の技(わざ)であると思ひます。優れた藝術家は、常に此のやうに神話や聖典の世界を踏まえて、新しい世界を創造するものです。これを言葉の本義に於いて、Parodie(パロディー)といひます。

第2連と第3連にある、

「教会への道があるのだから、その道があれば
それは、水ある河を渡つて向かうへと
乾いた、もう一つの衣装へと、向かふ徒渉であらう、といふのは、

教会への道とは、すつかりと濡れそぼつことの形象の数々であり、
或る野生の、敬虔なる下水道なのだから。」

この言葉の意味は、水といふ連想から、

1。教会への道は河の向かうに続いてゐるといふ事
2。向かう岸には、「乾いた、もう一つの衣装」があるのだといふ事。それが、
3。信仰であるといふ事。
4。信仰とは(私たちの日本語でいへば)、このやうに河を渡つて彼岸へ行く事であり、行って其の乾いた衣装を身にまとふ事であり、その道は、
5。高い位置にあるやうな道ではなく、水に濡れそぼつた下水道に他ならないといふ事
6。その日々を生きる事が、「教会への道」を歩む事なのであり、それ故に其の道は「すつかりと濡れそぼつことの形象の数々」からなつてゐるのだといふ事
7。私とは、そのやうな、人知られぬ、日常の生活では、すつかり忘れられてゐる下水道であるといふ事

しかしながら、そのやうな道を歩んで彼岸に至り、さうして、イエス・キリストの生誕を祝福した3人の博士のゐる「東方に」自分がゐて、さうなれば、その同じお祝ひの心で「私が掲げるのは」、さうやつて濡れそぼつた水を「満杯に」「湛(たた)えた一つの杯(グラス)であり、/その杯の中にあつては、/砕けたどの光も/集まり集まつて、止まないのだ。」

この第2連と第3連は、新約聖書のルカ伝の冒頭にあるヨハンネスといふ若者の人生を思はせます。ヨハンネスは信仰の道を歩み、さて最後に何が起きたか。ルター訳の聖書には、Das Wort ward Fleischとあります。誠に含蓄の深い一行でした。言葉が肉体になつた。と訳する事ができます。

この詩人は、最後には、東方で祝福のための一杯のグラスの水を掲げる。さうして、その杯の水は、確かに自分自身である。これが信仰であるといつて、第1連に其の詩想は戻るのです。第1連はどうであつたか。

「もし私の天から授かつた使命が、
一つの信仰を打ち立てよということであるならば
私は、私ならば、水を選ぶだらう。」

今の日本の詩人には、上述の如くに読み解いた此のやうな静謐で深い詩行を書くことは、特に若ければ若い人ほど、できないでせう。それが、何故かは、この詩人の詩が、そのままに示してゐます。










2016年5月20日金曜日

20. MAI:Mai(五月)by Theodor Storm


20. MAI:Mai(五月)by  Theodor Storm




【原文】

Die Kinder schreien 》Vivat hoch!《
In die blaue Luft hinein;
Den Frühling setzen sie auf den Thron,
Der soll ihr Koenig sein.

Die Kinder haben die Veilchen gepflückt,
All’, all’, die blühten am Muehlengraben.
Der Lenz ist da; sie wollen ihn fest
In ihren kleinen Fäustchen haben.


【散文訳】

子供達は叫ぶ ”万歳、万歳”
と、青い空の中に向かって
春を、子等は玉座に据える
春は、我等が王だと云つて。

子供達は菫(すみれ)を採つて(かう云ふのだ)
菫は、みんな、みんな、ミューレングラーベン運河沿いの土手に咲いていたんだ。
春が、来たんだ。子供達は、春をしつかりと
その小さな拳(こぶし)の中に捕まえたいのだ。


【解釈と鑑賞】

第2連では、子供達の声調が、そのまま表れてゐますので、できる限り其のやうに訳しました。

ご覧になつた通りの詩で、全くドイツの五月は一斉に花が咲き始め、全く此の通りの感情も、謂はば爆発するのです。

ミューレングラーベンといふ場所の名前は、大抵町の中の運河のある所の名前ですので、それらしい写真をネットで見つけましたので、こんな感じであると思つて下さって、この詩の春を思つて下さると有難い。日本の桜の咲く3月4月の春ではなく、ドイツの5月の春なのです。








2016年5月19日木曜日

19. MAI:Das Lächeln der Mona Lisa(モナ・リザの微笑み)by Kurt Tucholsky


19. MAI:Das Lächeln der Mona Lisa(モナ・リザの微笑み)by  Kurt Tucholsky




【原文】

Ich kann den Blick nicht von dir wenden.
Denn über deinem Mann vom Dienst
hängst du mit sanft verschränkten Händen
                  und grienst.

Du bist berühmt wie jener Turm von Pisa,
dein Lächeln gilt für Ironie.
Ja… warum lacht die Mona Lisa?
Lacht sie über uns, wegen uns, trotz uns, mit uns, gegen
     uns - 
                 oder wie -?

Du lehrst uns still, was zu geschehen hat.
Weil uns dein Bildnis, Lieschen, zeigt:
                 Wer viel von dieser Welt gesehen hat -
                 der lächelt, leget die Hände auf dein Bauch
                 und schweigt.


【散文訳】


私は、お前から目を離すことができない。
といふのは、公務についてゐるお前の夫の上に
そつと交差させた両の手をして、掛かつてゐて
             そして、にやにやと笑つてゐるから。

お前は、ピサのあの塔のやうに有名で、
お前の微笑みは逆説だと世間には思はれてゐる。
さう… 何故モナ・リザといふ奴は笑つてゐるのだ?
この女は、私たちを笑ひ、私たちの故に、私たちに逆らつて、私たちと一緒に、私たちに反対して、笑つてゐるのか?
      或いは、他にはどんな笑ひがあるものだらうか?

お前は、何が起らねばならないかを、静かに私たちに教える。
何故ならば、お前の絵姿は、可愛いリサちやんや、次のことを示してゐるのだから、即ち、
    この世でたくさんのものを見た者はー
    微笑んで、両の手をお前の腹の上に置いて
    そして、沈黙するものだからだ。


【解釈と鑑賞】




『モナ・リザ』のモデルは、フィレンツェの富裕な商人で、行政官も務めたフランチェスコ・デル・ジョコンドの妻リザ・デル・ジョコンドだとされている。

といふ記述がありますので、第1連の2行めにある、「公務の夫」とあるわけでせう。

さらに続けて、

「公務についてゐるお前の夫の上に
そつと交差させた両の手をして、掛かつてゐて」

と訳した「掛かつてゐ」るといふ意味は、掛詞で、ルーブル美術館の壁に実際に掛かつてゐるといふ意味と、富裕な商人である夫におんぶで抱つこの身分だといふ意味とを掛けてゐるのでせう。

従日、第1連の最後の一行の、

「そして、にやにやと笑つてゐるから。」

とある、この「そして」といふ接続詞の意味は、いいご身分ですなあ、それで、そのくせ、さうやつて笑つてゐるのだから。といふ意味を含んでゐるでせう。

ドイツ語のgrinsen(にやにやと笑ふ)という此の笑ひは、軽蔑したり馬鹿にしたりする笑ひを意味しています。それ故に、第2連の2行めでは、

「お前の微笑みは逆説だと世間には思はれてゐる。」

と書かれ得るのです。

第3連1行目の、

「お前は、何が起らねばならないかを、静かに私たちに教える。」

とある「何が起らねばならないか」と訳したところは、3行目以下のことを指してをります。

「何が起らねばならないか」といふ訳は直訳ですが、もっと意訳をすれば、

「お前は、そうであれば成るようになることを、静かに私たちに教える。」とか、「お前は、然るべきやうになることを、静かに私たちに教える。」とか、そのやうに訳していいものですし、その方が日本語になつたかも知れません。



2016年5月7日土曜日

第19週:Krähenbeißer(鴉を噛む者)by Michael Krüger(1943 -  )


第19週:Krähenbeißer(鴉を噛む者)by  Michael Krüger(1943 -  )




【原文】

Krähen, erzählt einer,
der den Krieg überlebt hat,
muss man mit dem Holz
der Kiefer kochen,
das bindet die Gifte.
Und Sauerampfer dazu,
der von den Tieren verschmäht wird.
Unverständlich ist die Ordnung
der Welt im Frieden
Wir sitzen im Freien und bestaunen
den Sonnenuntergang
Die Krähen auf der Kiefer
haben das letzte Wort.


【散文訳】

鴉たちは、と、
戦争を生き延びた或る男が語る
松の木材を使つて煮て、料理しなければならないのだ
そうすれば、数多くの毒素を集めてひと束になる。
おまけに、獣たちに嫌われ、軽蔑される、あの
酸っぱい酢模(すかんぽ)も。
全く理解しがたいのは、秩序といういふものだ
平和の中の世界の秩序といふものだ。
我々は野外に腰を下ろしてゐて、凝つと見てゐるのだ
太陽の沈むのを。
顎の上にある鴉たちが
最後の言葉をいふのだ。


【解釈と鑑賞】

この詩人は、ドイツの詩人です。

ドイツ語のWikiです:

第一連の、

mit dem Holz
der Kiefer 
松の木材を使つて

といふ言葉と、

第二連の、

Die Krähen auf der Kiefer
顎の上にある鴉たちが

といふ言葉は互いに掛け言葉になつてゐます。

Kieferholzという一語がドイツ語にはあつて、これは英語ならばpine wood、松の樹を切り倒して製材し、場合によつては鉋(かんな)をかけて滑らかにした表面を持つてゐる、いづれにせよ加工された、人手になつた松材を意味します。

従い、前者であれば、訳した通りですが、後者であれば、顎門(あぎと)にある、今咀嚼しよう、咀嚼されようといふ鴉たち、死を前にした鴉たちといふ意味になります。何故ならば、第一連で、戦時中には戦陣で鴉を煮て、料理して食べたことが歌はれてゐるからです。ドイツ人も苦労をしたのだ。

鴉を煮れば、

そうすれば、数多くの毒素を集めてひと束になる。

とあるやうに、鴉を煮ると毒素が表に出てくるのでしょう。他の獣たちも不味くて食えないといふ鴉の肉を、人間が食べるといふわけです。

Und Sauerampfer dazu,
der von den Tieren verschmäht wird.
おまけに、獣たちに嫌われ、軽蔑される、あの
酸っぱい酢模(すかんぽ)も。

この二行目のSauerampferを、

酸っぱい酢模(すかんぽ)も

と訳しましたが、しかし、これは酸味、酸っぱさと訳しても良いと思ひます。ものの名前で、その味の本質をあらはすといふ使い方と解すれば、さう訳することができます。

さて、第二連ですが、第一連が戦時中のことであるのに対して、戦争が終わった後のことを書いてゐます。平和が来て、秩序が恢復されたのにもかかわらず、この戦争体験者は太陽の沈むのを凝然とみてゐる。それは、決して明るい今日でもなく、明るい明日でもない。

Die Krähen auf der Kiefer
haben das letzte Wort.
顎の上にある鴉たちが
最後の言葉をいふのだ。

何故ならば、あれほどたくさんの鴉たちを、戦争に堪えて生き延びるために噛みつき食らつて来たからだ。だつたら、今度は、あの死んだ鴉たちこそが、かうして生きてゐる我々人間たちの命運を決めるべきではないのか?

今人間どもに顎の上で食はれようとしてゐるあの戦時中の鴉たちこそが、今度は、平和だといふ此の戦後の平和の中にゐる人間どもの生死を決める番ではないのか?鴉たちが、その死命を制する最後の言葉を顎(あぎと)の上に持つてゐるのではないか?生きた、そうして平和が来たといふのに惚けたやうに夕陽の沈むのを眺める以外にはないやうな人間どもを口に咥(くは)えながら。