2015年5月31日日曜日

【Eichendorfの詩119】 Der Geist(精神)



Eichendorfの詩119 Der Geist(精神)
  

【原文】
Nächtlich dehnen sich die Stunden,
Unschuld schläft in stiller Bucht,
Fernab ist die Welt verschwunden,
Die das Herz in Träumen sucht.

Und der Geist tritt auf die Zinne,
Und noch stiller wird's umher,
Schauet mit dem starren Sinne
In das wesenlose Meer.

Wer ihn sah bei Wetterblicken
Stehen in seiner Rüstung blandk:
Den mag nimmermehr erquicken
Reichen Lebens frischer Drang.--

Fröhlich an den oeden Mauern
Schweift der Morgensonne Blick,
Da versinkt das Bild mit Schauern
Einsam in sich selbst zurück.


【散文訳】
夜毎に、数々の時間は延びて遅くなつてゐる
罪なく、無垢に、静かな湾に眠ってゐるのは、世界
ずつと向かうで、世界は消えた
心臓(こころ)を数々の夢の中に求めてゐる世界は。

さうして、精神が、頂銃眼に歩み行き
そうして、周囲は、一層静かになり
凝然とした其の感覚を以て、実体の無い海の中を見るのだ。

精神が天候を知るために眺める際に
その甲冑を身にまとつて、無垢に輝いて立つてゐるのを見る者がゐる
この者を、決して二度と慰めて元気づけることはないであらう
豊かな生命の新鮮な衝動は。

陽気に、喜ばしく、荒涼たる壁といふ壁に
朝の太陽の眼差しが遊弋する
すると、そこに、ぞつとする恐怖を伴つて、その像が
孤独に、自己の、自分自身の中へと沈み、戻り行くのだ。


【解釈と鑑賞】

精神は孤塁を守るといふ言葉がぴつたりの詩です。

第二連の「頂銃眼」と訳したものの写真を掲げます。この写真からお判りの通り、アイヒェンドルフは、精神がひとり孤城にあることを想像して、この詩を歌つてゐるのです。



頂銃眼とは、上の写真にあるやうに、銃を撃つための隙間と隙間の間にある一種の盾のやうな壁のことです。

第一連の、

Nächtlich dehnen sich die Stunden,
夜毎に、数々の時間は延びて遅くなつてゐる

といふ一行を読みますと、この城には時間は存在しないのです。

さうして、やはり昼ではなく、精神は夜に棲むもののやうです。

第2連を見ますと、この孤城は海を打ち見ることのできる位置にあるのでせう。

第3連をみますと、この精神は、騎士の姿をしてゐて其の甲冑を身にまとひ、世の気象を読むことをしてゐる。

最後の連にある「その像」とは、以上の連に歌われた騎士の姿をした精神の姿といふ意味です。


この最後の連を読みますと、精神とは、恰も死者であるかの如くに思はれるほどです。

2015年5月30日土曜日

Schöner Tag (美しき日):第23週 by Kurt Marti(1921~ )


Schöner Tag (美しき日):第23週 by Kurt Marti(1921~ )







【原文】

            wie schön es regnet
                      heute regnet

            ohne Heftigkeiten
               ohne Hinterlist
                  sehr höflich
                fast vornehm
                    ein echter
            gentleman-regen

   schöner als heute kann
auch morgen nicht regnen



【散文訳】


雨が降るといふのはなんと素晴らしい(美しい)ことか
今日、雨が降つてゐる

激しさもなく
深謀遠慮(人を騙さうなどといふこと)もなく
非常に礼儀正しく
ほとんど貴族のやうに高貴に
ある本物の
紳士の雨が

今日以上に素晴らしく(美しく)
また明日も、降ることはないだらう



【解釈と鑑賞】


この詩人は、スイスの詩人です。Wikipediaは、次のところです:


紳士の雨、礼儀正しい雨でせう。

この詩人は、牧師の息子と、上のWikipediaにありますから、人の世の、その人の道徳に深い関心があるのだと思ひます。

雨の好きな詩人といふのは、いいものです。眺め(長雨)せしまに。そのやうな歌がありました。

花の色は うつりにけりな いたづらに
   わが身世にふる ながめせしまに
小野小町(9番) 『古今集』春・113





2015年5月24日日曜日

【西東詩集121】余語



【西東詩集121】余語 


19歳の歳に此の詩集を初めて読んだときの感想が、かうして訳して来た此の『西東詩集』の表紙の扉の裏に、この詩集の言葉の特徴と特性について、当時、43年前のわたしが備忘のやうに書き記してゐるのを転記して、この一連の翻訳と解釈の最後の話と致します。

これらのメモはすべて当たつてゐると思はれる。この確信を深めるための此の3年間であつたといふことになります。

記録によれば、最初の詩、即ちBuch des Sängers(歌手の書)を訳して上梓したのが、2012年6月21日でありますから、今日は2015年5月24日とて、丁度そのやうな3年といふ時間であつたのです。

以下に、19歳のときのメモです。

1。Goetheがもう一人のGoetheに話しかける形式/体裁をとつてゐること。即ち、Goetheが自分の中にもう一人の読者を持つてゐること。

即ち、

2。詩(文藝)が明らかに、遊び、遊戯であること。その結果、日本語でいふ軽みがある。それらの要素は次の通りである。

Humor/Ironie/das Leben(=trinken, singen, wandeln, Liebe, Gott und Mensch, Natur)/Wort(-spiel), Satire

更に、

Geist, Wort (Ausdruck), Lied, Leben.


例えば65ページの『ズーライカの巻』の最初の詩『招待』を見よ。

{[(月、太陽)、(夜、昼)]、[(わたしは思つた、思ひがけなく)、(眠り、目覚めて)]、[(ズーライカ、ハーテム)、(マリアンネ、ゲーテ)]}といふ対照的・対比的な語彙の配列がなされてゐる。

さうして、これらの、意識と無意識の、覚醒と睡眠の境界が、溶けあって一つになつてゐる。

第一連の、

Aber wenn du froh verweilest
Wo ich mir die Welt beseitige
Um die Welt an mich zu ziehen,
Bist du gleich mit mir geborgen:
しかし、世界をわたしに引き寄せるために
わたしが自らに世界を示したその場所に
お前が喜んで留まるならば
お前は直ちにわたしと共に安全に庇護されるているのだ。

というこの行は、Taugenichts(のらくらもの、役立たず、無為なる者)という動機(モチーフ)である。トーマス・マンの世界に通じてゐる。即ち、遊びの世界といふ意味は、これである。

3。「成熟した」表現であること。

4。(即ち、)言葉が単なる描写ではなく表現になつてゐること。即ち、言葉の二重性、即ちどんな具象を述べても常に象徴の影があること。即ちどんな象徴も具体的なこと(プラトンの書いたソクラテスの言葉のやうに)。

5。(従つて、)この作品は徹頭徹尾Goetheの私人の言葉に頼つてゐること。

Oh! Freundin, es wurde Eins zu Zwei, Zarathustra ging an mir vorbei.

おお!(女性の)友よ、一が二になったのだ、ツァラツゥストラが、わたしの傍(そば)を通つたのだ。

(ニーチェの『ツァラツゥストラ』の一節)




【西東詩集120】GUTE NACHT!(お休みなさい)



【西東詩集120GUTE NACHT!(お休みなさい)  


【原文】

NUN so legt euch, liebe Lieder,
An den Busen meinem Volke
Und in einer Moschus-Wolke
Hüte Gabriel die Glieder
Des Ermüdeten gefällig;
Dass er frisch und wohlerhalten,
Froh wie immer, gern gesellig,
Morge Felsenklüfte spalten,
Um des Paradieses Weiten,
Mit Heroen aller Zeiten,
Im Genuss zu durchschreiten;
Wo das Schöne, stets das Neue,
Immer wächst nach allen Seiten,
Dass die Unzahl sich erfreue.
Ja, das Hündlein gar, das treue,
Darf die Herren hinbegleiten.


【散文訳】


さてさて、横になれよ、愛する歌たちよ
わたしの民族の胸で
さうして、或る麝香(じやこう)の雲の中で
天使ガブリエルよ、忝(かたじけな)くも、
疲れたる者の、四肢を守護せよ
その者が、精気潑剌としてゐて、傷つくこと無く
いつものやうに陽気で、好んで人と交はつて
ならば巌(いわを)の割れ目も裂けるなら裂けるがいい
天国の広さを
あらゆる時代の神人(英雄)と一緒に
悦楽の中で、徒歩(かち)で横断するために
美しいもの、絶えず新しいもの
すべての方面に向かつて、いつも成長してゐる場所で
無数のものが歓ぶといふこと。
さう、あの仔犬までもが、あの忠実なる動物までもが
この主人たちに随伴を許されるのだ。


【解釈と鑑賞】

Divan、この西東詩集の最後にをかれた詩です。

麝香といふ言葉から判る通りに、この詩は、前の詩もさうですが、この詩集の一番最初のHegire(ヘジラ)といふ詩を踏まえて、即ち最後に最初に戻つて歌はれてをります。

かうして、地上の砂漠の隊商の旅の、その麝香も駱駝に積んで旅に出た其の旅の循環の環が、この最後の詩で天国といふ高みに昇り、しかし、同時に連絡が出来て、このやうな永遠の循環を続け、この循環は成長を続けるのです。

最後に、最初の詩、Hegireを掲げます。


ヘジラ

北も西も南も分裂し
玉座は割れ、諸王国は震える
逃げよう、純粋な東に
族長の空気を味わうために
愛、酒、歌を尽くせば
キーザーの泉が、お前を若返らせてくれる。

そこで、即ち、純粋であるものの中、正しいものの中で
わたしは、人類の
源泉の深みへと突き進みたい
そこでは、人類は、まだ神から
天の教えを、地上の言葉で感じていたし
そして、頭を悩ますことはなかった。

人類が、父祖達を高く敬っていて
異教の務めも禁じていた、そこでは
若さという限界も、わたしの心を歓ばせる
信仰は広く、思考は狭く
言葉が、そこでは、かくも大切であった通りに従って
何故ならば、言葉は、話される言葉であったからだ。

羊飼いたちの中に身を交えて
オアシスで、我が身を新しくして
キャラバンの隊商とともに旅をし、生活し
ショール、珈琲、そして麝香を商うならば
どの小道も踏破したいものだ
砂漠から町々までを

悪路の岩山道を登り、また下り
慰めよ、ハーフィスよ、お前の歌で
もし隊長が魅了されて
馬の高い背中から
星々を目覚めさせようと歌うならば
そして、盗賊どもを驚かせようと歌うならば

入浴しながら、また居酒屋にいながら
神聖なるハーフィスよ、お前を思うのだ
酒場の可愛い娘がそのヴェールに息を吹きかけて揺らす度に
首を振りながら、龍涎香の巻き毛の芳香を放つ度に
そう、詩人の愛の囁きは
天国の永遠の処女さへをも欲情させるがいいのだ

お前達は、ハーフィスがこうだからといって、それ羨むにせよ
あるいはまた、全く嫌がるにせよ
ただただ知るがよい
詩人の言葉は、天国の門の周りを
いつも微かに叩きながら漂っているということを
永遠の生命を切に願いながら


最後の、

詩人の言葉は、天国の門の周りを
いつも微かに叩きながら漂っているということを
永遠の生命を切に願いながら

といふこの三行が、最後の詩に至つて実現をしたといふことができませう。

さうして、この最後の詩の題名、お休みなさいに戻つて考へると、これは永遠の眠りにつくといふ、ゲーテの最後の挨拶といふことになります。

到頭ここに至つて、この詩集の翻訳と解釈も、筆を擱(を)くに至ります。

この題名の最後に!を付したゲーテのこころを思つて下さい。

GUTE NACHT!






2015年5月23日土曜日

Europas Kuss (ヨーロッパの口づけ):第22週 by Rufin(西暦1世紀)


Europas Kuss (ヨーロッパの口づけ):第22週 by  Rufin(西暦1世紀)




【原文】

Europas Kuss ist,
auch wenn er nur
meine Lippen erreicht,
ganz und gar süß,
den Rand meines
Mundes berührt.

Sie aber berührt mich
nicht nur mit dem
Rand ihrer Lippen,
sondern sie presst
meinen Mund und zieht
meine Seele von den
Zehenspitzen herauf.



【散文訳】


ヨーロッパの口づけは
仮令(たとへ)彼女が只
わたしの唇(くちびる)だけに達してゐやうとも
実に実に甘く
わたしの唇の縁(まはり)にまで触れるのだ。

彼女は、しかし、わたしに触れる
ただ、その唇の縁(まはり)を以ってのみならず
わたしの唇に押し付け、そして
わたしの魂を
爪先立ちしてゐる其の爪先から上へと、連れて行くのだ。



【解釈と鑑賞】


この詩人の、Wikipediaはありませんでした。西暦紀元1世紀に生きた古代ギリシャの詩人です。

しかし、ドイツ語の世界で此の詩人を調べますと、やはり女性の好きな詩人であったものと見えて、やはり女性に恋する、それも相当に狂ほしい恋の歌を歌つてゐるやうであります。

上の詩でも、キスをするための部位として、口に関する言葉が三つ出てきます。

一つは、Lippen。これは、くちびるのことです。ふたつに上下に割れてゐるくちびるです。

den Rand meines Mundesといふのが二つ目。これは、くちびるも含んだ(変な言葉ですが)口周りのその縁(へり)といふ意味です。 

三つ目は、Rand ihrer Lippenです。これは、くちびるの縁(へり)であり、縁(ふち)といふ意味です。

ですから、この詩人の恋人は、この詩人に口づけするのに、くちびるーくちびるのキス、口周りへのキス、くちびるのへりへのキスと三つのキスを使い分けて、その愛情を此の詩人に伝へてゐるといふことになります。

古代ギリシャ人の口づけは、誠に洗練されてゐたものと見えます。

勿論、最後の連の最後の二行は、この女性が詩人に背伸びをして、その魂に口づけするのです。




【Eichendorfの詩118】 Sonette(ソネット) 3


Eichendorfの詩118 Sonette(ソネット) 
  

【原文】
Es will die Zeit mit ihrem Schutz verdecken
Den hellen Quell, der meiner Brust entsprungen,
Umsonst Gebete Himmelan geschwungen,
Sie mögen nicht das Ohr der Gnade wecken.

So lass die Nacht die grausen Flügel strecken,
Nur immerzu, mein tapfres Schiff gedrungen!
Wer einmal mit den Wogen hat gerungen,
Fühlt sich das Herz gehoben in den Schrecken.

Schiesst zu, trefft, Pfeile, die durchs Dunkel schwirren!
Ruhvoll um Klippen ueberm tueck'schen Grunde
Lenk ich mein Schiff, wohin die Sterne winken.

Mag dann der Steuermann nach langem Irren,
Rasch ziehend alle Pfeile aus der Wunde,
Tot an der Heimat Küste niedersinken!


【散文訳】
時間は、その保護によつて覆い隠す
明朗なる源泉を、わたしの胸から湧き出す源泉を
無償で祈りを天に向かつて振り上げた其の源泉を
祈りは、恩寵の耳を覚めさせてはならないのだ。

さて、かうして、夜をして恐ろしい双の翼を伸ばしめよ
只々どこまでも、わたしの勇敢な船は突き進んだ
一度でも大波と闘つた者は
心臓が高鳴つて驚き入るのを感じるものだ。

撃(う)て、狙つて当てろ、矢といふ矢は、暗闇を貫いて音立てて飛ぶ其の数々の矢を!
静かに、陰険な、悪意ある大地を越えてある断崖絶壁を巡って
わたしは、わたしの船を操縦する、星々の瞬く方向へと。

そうすればこそ、操舵士は、長いあゐだ道に迷った挙句に
急いで総ての矢という矢を、傷の中から引き抜きながら
故郷の岸辺で沈んで、死ぬがいいのだ。


【解釈と鑑賞】

A何某に寄せると題した詩の三つ目のソネットです。

第一連では、自分の詩作の源泉は、時間が守護してくれてゐると歌つています。

さうして、恩寵の耳を覚ましてはならぬというのは、神の恩寵すらさへも期待してはならぬといふ意味でありませう。

さうして、やはり詩作は夜の仕事であるといふのが第二連です。繰り返してさうであるやうに、アイヒェンドルフは自分の乗ってゐる器(乗り物)を船に譬えて表します。

さうして、それは矢を番(つが)へて撃つやうな戦ひだといふのです。

第四連の操舵士とは、詩人自身のことでありませう。


傷の中からすべての矢を引き抜くとは、その戦闘の激しさをいひ、何物をも、とりわけ死をも恐れぬ詩人のこころを表してをります。

【西東詩集119】SIEBENSCHLÄFER(七人の眠る者)



【西東詩集119SIEBENSCHLÄFER(七人の眠る者)  


【原文】

SECHS Begünstigte des Hofes
Fliehen vor des Kaisers Grimme,
Der als Gott sich lässt verehren,
Doch als Gott sich nicht bewähret:
Denn ihn hindert eine Fliege
Guter Bissen sich zu freuen.
Seine Diener scheuchen, wedelnd,
Nicht verjagen sie die Fliege.
Sie umschwärmt ihn, sticht und irret
Und verwirrt die ganze Tafel,
Kehret wieder wie des hämschen
Feigengottes Abgesandter.

Nun! so sagen sich die Knaben,
Sollt’ ein Flieglein Gott verhindern?
Soll’ ein Gott auch trinken, speisen,
Wie wir andern? Nein, der Eine
Der die Sonne erschuf, den Mond auch,
Und der Sterne Glut uns wölbte,
Dieser ists, wir fliehen!—Die zarten
Leicht beschuht-, benutzten Knaben
Nimmt ein Schaefer auf, verbirgt sie
Und sich selbst in Felsenhöhle.
Schäfershund er will nicht weichen,
Weggescheucht, den Fuss zerschmettert,
Drängt er sich an seinen Herrn,
Und gesellt sich zum Verborgnen,
Zu den Lieblingen des Schlafes.

Und der Fürst dem sie entflohen,
Liebentrüstet, sinnt auf Strafen,
Weiset ab so Schwert als Feuer,
In die Höhle sie mit Ziegeln
Und mit Kalk sie läßt vermauern.

  Aber jene schlafen immer,
Und der Engel, ihr Beschützer,
Sagt vor Gottes Thron berichtend:
So zur Rechten, so zur Linken
Hab’ ich immer sie gewendet,
Dass die schönen, jungen Glieder
Nicht des Moders Qualm verletze.
Spalten riß ich in die Felsen
Dass die Sonne, steigend, sinkend,
Junge Wangen frisch erneute.
Und so liegen sie beseligt.—
Auch, auf heilen Vorderpfoten,
Schläft das Hündlein süßen Schlummers.

Jahre fliehen, Jahre kommen,
Wachen endlich auf die Knaben,
Und die Mauer, die vermorschte,
Altershalben ist gefallen.
Und Jamblika sagt, der Schöne,
Ausgebildete vor allen,
Als der Schaefer fürchtend zaudert:
Lauf ich hin! und hol euch Speise,
Leben wag’ ich und das Goldstück!

Ephesus, gar manches Jahr schon,
Ehrt die Lehre des Propheten
Jesus. (Friede sei dem Guten!)

Und er lief. Da war der Tore
Wart und Turn und alles anders.
Doch zum nächsten Bäckerladen
Wand er sich nach Brot in Eile.—
Schelm! so rief der Bäcker, hast du,
Jüngling, einen Schatz gefunden!
Gib mir, dich verrät das Goldstück,
Mir die Hälfte zum Versöhnen!

  Und sie hadern.— Vor den König
Kommt der Handel; auch der König
Will nur teilen wie der Bäcker.

Nun betätigt sich das Wunder,
Nach und nach, aus hundert Zeichen.
An dem selbsterbauten Pallast
Weiss er sich sein Recht zu sichern.
Denn ein Pfeiler durchgegraben
Führt zu scharfbenamsten Schätzen.
Gleich versammeln sich Geschlechter
Ihre Sippschaft zu beweisen.
Und als Ururvater prangend
Steht Jamblikas Jugendfülle.
Wie von Ahnherrn hört er sprechen
Hier von seinem Sohn und Enkeln.
Der Urenkel Schar umbiegt ihn,
Als ein Volk von tapfern Männern,
Ihn den jüngsten zu verehren.
Und ein Merkmal übers andre
Dringt sich auf, Beweis vollendend;
Sich und den Gefährten hat er
Die Persönlichkeit bestätigt.

Nun, zur Höhle kehrt er wieder,
Volk und König ihn geleiten.—
Nicht zum König, nicht zum Volke
Kehrt der Auserwählte wieder:
Denn die Sieben, die von lang her,
Achte warens mit dem Hunde,
Sich von aller Welt gesondert,
Gabriels geheim Vermögen
Hat, gemäß dem Willen Gottes,
Sie dem Paradies geeignet,
Und die Höhle schien vermauert.



【散文訳】

宮廷の六人の、皇帝の寵愛を受けたる者たちが
皇帝の憤激の余りに逃げ出すのだ
皇帝は、神として自ら崇められたる者であり
しかし、神だということを確かに証明している者ではない
というのは、一匹の蝿が、皇帝の
佳き食事を摂る喜びの邪魔をしているからだ。
皇帝の召使は、追い払い、追い払いしても
この蝿を追い払って、撃退することがない。
蝿は皇帝の周りをブンブンと言って飛び廻り、刺して、あちこちへと迷い
そして、食卓全部を混乱させて
再び、戻って行くのだ、意地の悪い
無花果(いちじく)の神の使節のように。

さて、さて、どうしたものか!と少年たちは独りごちる
一匹の小さな蝿は、神の邪魔をするものかな?
神は、また、飲んだり、食べたりするものかな?
わたしたちが、他の人たちのところでするように。いいや、唯一者は
太陽を創り、月をも創った方であり
星々の輝きを、我らが蒼穹に張り巡らした方である
それが、このお方だ、わたしたちの方が逃げるのだ!---柔らかい
音のせぬ金具の無い靴を履いた、皇帝に使えた少年たちを
羊飼いが受け容れて、匿(かくま)う
自分自身も一緒に、岩窟の穴の中に。
羊飼いの犬は、去ろうとはしない
去ることを厭い、足を粉砕して
自分の飼い主の元に身を押し寄せて
そうして、隠れる仲間に身を投ずる、即ち
眠りの(愛する)寵児たちへと。

さて、王侯は、子供達が逃げた当の者は
これらを愛する余りに怒り心頭に発して、罰することを思い
剣と火は使うなと命じて
洞窟の中に、少年たちを、煉瓦を使って
石灰を使って、洞窟をの入り口を塞いで壁をつくる。

しかし、少年たちはいつまでも眠り続ける
そして、天使が、その守護者が
神の玉座の前で報告することには、
右側はかくの如くに、左側はかくの如くにと
わたしはいつも、彼らを転々しましたので
美しい、若い四肢は
腐敗の芳香を傷つけることはありませぬ。
わたしは、巌の中に割れ目を裂いてつくりましたので
太陽が、昇り降りすると
若い頬を新鮮に新たにするのです。
そうして、彼らは、祝福されたまま眠ってをります。
勿論また、恢復した前足を枕に
あの子犬も、甘い眠りを眠ってをります。

幾星霜が去り、幾星霜が来て
ついに、少年たちは目覚める
そうして、壁は、腐敗していた
古びが故に、そして、崩れ落ちた。
そうして、ジャンブリカが言う、美しい
誰よりも陶冶されたジャンブリカが
羊飼いが、恐れながら、躊躇した時に:
わたしはひとっ走りして来る!そして、お前たちに食事を持って来る
勇気を出して生きてみよう、それに、この金貨があるではないか!

エフェススは、多年に亘って既に
預言者イエスの教えを尊んでいる
(安寧が善き人にありますように!)

さて、ジャンブリカは走った。門があった
望楼も塔も、他のすべてのものがあった。
しかし、直ぐ近くにあったパン屋の店に
急いで足を向けて、パンを求めた。
悪党め!とパン屋は叫んだ、お前は
若造め、俺様の作った有難いパンを見つけやがったな!
俺に寄越せ、その金貨のあることは知っているぞ
俺に半分を詫びを入れるために寄越すんだ!

そうして、二人は口論して争う。王の前に
訴訟は、出ることになり、王もまた
パン屋とただただ同じ意見を主張する。

さて、今や、奇蹟が起きて明らかになる
次第次第に、百の神威の印(しるし)の中から。
自分で建立した宮殿に拠って
王は、自分の正義を護ることができる。
といふのは、支柱が深く地中に埋め込まれていて
明らかに識別の文字の書かれている宝物へと通じているからだ。
直ちに、一族部族が集まる
その同じ血族たることを証明するために。
そして、先先代の父祖として光り輝いているのが
ジャンブリカといふ青春の充溢たる若者なのだ。
数々の父祖からのように、この若者は話を聞く
この地で、ここで、その息子と孫たちが話をするのを。
曾孫(ひまご)の軍隊が、若者を避けて通る
勇敢な男たちの一団として
若者を最も若い男として敬意を払って。
そうして、すべての他のひとたちの上を越える
印(しるし)が、押し寄せて来る、証明(しるし)を十分に満たしながら
自己と同行者たちに、若者は
その人間たること、その当人であることを証明したのだ。
さて、今や、洞窟へと、若者は再び向かい
民衆と王が若者に随行する。
王にではなく、民衆にではなく
この選び抜かれし者は、再び回帰する
なぜならば、七人は、長いことこの方
犬も入れれば八つのものであるが、
あらゆる世界から離れて
天使ガブリエルの密かなる能力が
神の意志に従い
これらの者を天国に捧げたのであり
そうして、洞窟は、塞がれて壁になっているように見えたからである。


【解釈と鑑賞】

これは、エフェススというトルコの地に伝わる七人の眠り者という伝説を詩にしたものです。英語でいうならば、Seven Sleepersということになります。

最後から二つ目の詩として、ゲーテが此の詩を置いたには、やはり理由があるでしょう。

ゲーテの此の世へのお別れの挨拶ともとることもできれば、これからも、そのように生きるという意味にも取ることができます。

最後の一行は、全く生と死と、この世とあの世を隔てる洞窟の壁が、塞がれて見えるとあるように、実際が塞がれているのかそうではないのか敢えて不分明に書いていて、そのお互いに通じていることを象徴させているのだと思います

これが、どのようなお話であるかは、この詩を読んで、ご想像下さい。

註釈によれば、パンを求めて洞窟を走り出るジャンブリカという若者は、六人の少年の中の最年長の少年ということです。

いよいよ、次回は、西東詩集の最後の詩『おやすみなさい』です。

この眠る七人の詩の後に、この題名の詩が来るのです。