2009年9月13日日曜日

オルフェウスへのソネット1部のIの1連(2)

1章 

I 第1

DA stieg ein Baum. O reine Übersteigung!
O Orpheus singt! O hoher Baum im Ohr!
Und alles schwieg.Doch selbst in der Verschweigung
ging neuer Anfang, Wink und Wandlung vor.

【散文訳】

ほら、そこに、一本の木がのぼった。ああ、純粋に、限界を超えてどんどんのぼって行くことよ。おや、オルフェウスが歌っているよ。ああ、耳の中に亭々たる木があるよ。そうして、すべてが沈黙していた。しかし、この秘密にされ、隠されている中にあっても、あらたな始まり、すなわち合図と変化が、前進したのだ。

【解釈】

一本の木がのぼる。という文は、隠喩の文である。このことで、リルケは何がいいたかったのか。何を歌っているのか。その次の「純粋に、境界、限界を超えてどんどん上ってゆくこと」とは何をいっているのだろうか。

わたしは、この最初の一行を読んだときに、何故か木が下に下りてゆくと思った。それは多分、悲歌において、リルケの歌う上昇が、下降であると知ったからだと思う。英雄、Held、ヘルト、すなわち神話などの主人公や、若い死者たちに関係したときには、上昇を意味する言葉は、そのひとたちの下降を、無私の生活を意味しているのだったから。

もし、この最初に出てくる木が、何かの話の、それが歴史的事実の主人公であれ、何かのお話の主人公であれ、そのような主人公や死者に関係している木であるならば、その影響を受けていて、上昇が下降であるという解釈が成り立つと思う。

純粋には、悲歌の純粋にと同じ。時間がなく、空間的な表現です。したがい、これは、空間的に、つまり時間無く、木が成長するということをいっているのだと思う。オルフェウスが歌うと、木が成長してゆく。耳の中で。

リルケのrein、ライン、純粋なという形容詞の意味、概念化した意味については、悲歌の次のアドレスでご覧ください。

http://shibunraku.blogspot.com/2009/08/5_14.html

さて、実は、この解釈、考察を書いていて、翻訳に至るので、形式としては、散文訳、解釈の順になっていますが、これは結果で、実は、解釈、散文訳の順番で、ものが出来上がっています。この次第なので、あとで訳を訂正することがあります。私自身、いまこの文を書いていて、このソネットの全体を知りません。自由に書いてみたいとは、このような意味でもあります。

わたしが参照しているテキストには、リルケ自身の註釈がついています。多いものでは全然ありませんが。必要ならば引用したいと思います。

沈黙、音がしない状態とは、リルケの好きな状態です。悲歌でもそうでした。Stille、シュティレ、静寂とうい言葉も、死に関係があるようでした。ここでも、きっとそうなのでしょう。

このソネットの第1連は、わたしには、悲歌1番の最後の連を連想させます。明らかに関係があると思います。悲歌1番の最後の連では、やはり、そのひとの、Linosといいましたか、その死を引き換えに、代償にして、何か荒涼たるものを、音楽が鳴って生き返らせたのではなかったでしょうか。

この詩のあたまには、次のような、これはなんというべきか、詩人が何故この詩を書いたかの理由と、書いた場所と時間が書かれています。

GESCHRIEBEN ALS EIN GRAB-MAL
FÜR WERA OUCKAMA KNOOP

Château de Muzot im Februar 1922

これによれば、リルケは、Wera Ouckama Knoopという女性の墓碑、墓標、墓石として、この詩をかいたということです。この女性の写真を見つけました。次のアドレスへ。

http://picture-poems.com/rilke/wera-ouckama-knoop.html

また、わたしがみつけた、あるウェッブページには、次の説明がのっていました。

Knoop, Wera Ouckama (1902-21), a young dancer, the daughter of a minor novelist, Gerhard Ouckama Knoop (1861-1913). The news of her death at the age of 19 influenced Rilke in the writing of his Sonette an Orpheus. Though he had only a slight acquaintance with her, she became identified in his mind with Eurydice, and the cycle is dedicated as a memorial (Grab-Mal) to her.

http://www.answers.com/topic/wera-ouckama-knoop

この程度のことを念頭において、読むことにしましょう。

やはり、若い死者でした。リルケは、悲歌でそうであったように、若い死者たちに惹かれるのです。

0 件のコメント: