2014年5月3日土曜日

Der verwundete Vogel(傷ついた鳥):第19週 by Jean de La Fontaine

Der verwundete Vogel(傷ついた鳥):第19週 by   Jean de La Fontaine





【原文】

Ein Vogel ward erlegt; gefiedert
war der Pfeil, und doppelt qualvoll
schien dem Armen sein Verhaeng-
nis. Sein Los beklagte er und sprach
in der Bedrängnis: “So haben wir
noch selbst an solchem Frevel teil?
Ihr harten Menschen zieht aus un-
sern Schwingen, was ihr bedürft, den
Tod von ferne uns zu bringen. Doch
spottet unser nicht, erbarmungs-
los Gezücht: wie oft ereilt euch ja
das gleiche Strafgericht. Stets wird
von Japets Stamm der eine Teil die
Waffen dem anderen verschaffen.”


【散文訳】


一羽の鳥が殺された。矢には
羽根がついていて、その悲運は、
二重に苦しみ多いと、哀れな鳥には、見えた。
その運命を、鳥は嘆き、こころは苦しみ、こう言った:
さて、我々は、自分で、まだそのような倨傲な振る舞いに関わっていてよいものだろうか?
お前達、無慈悲な人間達よ、私たちの
跳躍と飛翔の中から、お前達が必要としているものを取るがいい
死を、遠くから私たちに運んで来るということを。しかし、
わたしたちを軽蔑しないでくれ、慈悲のこころもない
下衆(げす)な人間どもよ。どんなにしばしば
同じ懲罰が、実際、お前達に追いつくことか。絶えず
ジャペットの一族の一部が、武器を、別の同じ一族に供給するのだから。


【解釈と鑑賞】


この詩人のことを書いたWikipediaです。




ジャペットの一族という言葉の意味が、不明です。ご存知の方がいらしたら、お教え下さい。

この言葉がわかると、最後の数行の意味が明らかになります。


日本人ならば、因果応報というところでせう。しかし、何故4月の下旬、また5月のこの五月(さつき)の詩に、この詩を配したものなのか。

【Eichendorfの詩 65】Guter Rat(善き忠告)

【Eichendorfの詩 65】Guter Rat(善き忠告)

【原文】

Springer, der in luft’gem Schreiten
Ueber die gemeine Welt,
Kokettieret mit den Leuten,
Sicherlich vom Seile fällt.

Schiffer, der nach jedem Winde
Blas er witzig oder dumm,
Seine Segel stellt geschwinde,
Kommt im Wasser schmählich um.

Weisen Sterne doch die Richtung,
Hörst du nachts doch fernen Klang,
Dorthin liegt das Land der Dichtung,
Fahre zu und frag nicht lang.


【散文訳】

空中を行進する跳躍者は
卑俗の世界を超えて
人々に媚(こび)を呈して
確かに綱から落ちる。

船乗りは、どの風にも従って
機智を効かせて、または愚かにも、笛を吹く
その帆を、迅速に立てて
水の中で、屈辱的に死ぬ。

星々は、しかし、言うまでもなく、方角を教える
お前は、夜になると必ず遠い響きを聞くのだ
そこには、詩の国がある
そこへ往け、そして、長くは問うな。


【解釈と鑑賞】

第一連と第二連は、夏目漱石の『草枕』の冒頭の、流れに棹させば流されるという言葉を思い出します。

第3連が、勿論、詩人の言いたいことでありませう。


2014年4月26日土曜日

【Eichendorfの詩 64】Chor der Schneider(仕立て屋の合唱)

【Eichendorfの詩 64】Chor der Schneider(仕立て屋の歌)

【原文】

Inermezzo

Chor der Schneider

Nur vom Ganzen frisch gerissen,
Eh die Ware ganz verschlissen,
Hier ein uralt gülden Stück,
Gibt so’n gewissen frommen Blick,
Hier ein bunter welscher Flick,
Drauf ein Stück Hausleinewand,
Macht das Welsche erst pikant.
Hie’nen Fetzen Baerenhaut,
Dass man auch das Deutsche schaut,
Drüber einen span’schen Kragen,
Das Erhabne wird behagen,
Frisch gestichelt, fein zum Werke,
Und wird auch nichts Ganzes draus,
Sieht es doch gar niedlich aus.


【散文訳】

間奏曲

仕立て屋の合唱

全体を新鮮に引き裂いて
そうして、むしろ、商品を全く小売りしているのです
さて、これが、大昔の金の一張羅です
かくなる敬虔な視線を以てご覧なさい
これが、色彩豊かな外国産の継ぎ布です
おまけに、室内壁用の亜麻布もご覧下さい
外国産(のもの)も、これでやっと、ぴりっとなること請け合いです。
これが、熊皮の小布です
実際、見れば、ドイツ製のものだとおわかりでしょう。
更には、スペイン製の襟をどうですか
高尚なものは、快適ですし
新鮮に縫い取りをして、繊細に仕上がるものです
そして、また実際、全体が、そこからは生まれることはなく
しかし、とはいへ、全くこぎれいであるように見えるものです。


【解釈と鑑賞】

アイヒェンドルフは、何故この詩を書いたのでしょうか。


交換原理に従う商業の世界は、この詩人の世界とは全く異質の世界であると思われるのに。

【西東詩集66】 GINGO BILOBA(銀杏)


【西東詩集66】 GINGO BILOBA(銀杏)


【原文】

DIESES Baums Blatt der von Osten
Meinem Garten anvertraut
gibt geheimen Sinn zu kosten
Wie’s den Wissenden erbaut.

IST es Ein lebendig Wesen
Das sich in sich selbst getrennt?
Sind es Zwei die sich erlesen
Dass man sie als Eines kennt?

Solche Frage zu erwidern
Fand ich wohl den rechten Sinn;
Fühlst du nicht an meinen Liedern
Dass ich Eins und doppelt bin.


【散文訳】

この樹木の葉は、東から来て
わたしの庭に任せていて(親しく)
秘密の感覚を享受するように与えてくれる
物事の本質を知っている者を教化、善導するように。

それ(葉)は、一個の生き生きとした生物であり
それ自身の内に自ら分かたれているものではないのだろうか?
それ(葉)は、互いを選んだふたつであって
そのふたつをひとつとして知るものなのではないのだろうか?

このような問いに答えることが
まさしく正しい感覚だということを発見したのだ
お前は、わたしの歌々に接して感じないだろうか
わたしが、ひとつであり、且つふたつになっているということを。


【解釈と鑑賞】

銀杏の葉っぱは、ひとつの葉がふたつに分かれているので、そのこころを、自分と恋人のありかたに譬えた詩で、これは有名な詩です。

Heidelbergの街中を散歩しているときに、書店の窓にでありましたか、この詩を写して、銀杏の葉っぱを象(かたど)ったワッペンのごとき装飾をみたことがあります。



Pilgerreise(巡礼の旅):第18週 by Georg Maria Roers




Pilgerreise(巡礼の旅):第18週 by  Georg Maria Roers





【原文】

Nackten 
Fuesses

andrere
Wege
einschlagen

geh 
auf
Sand

und
ueber
Kieselsteine

ins
gelobte
Land


【散文訳】


裸足で

他の道を
選んで、踏み分けること

砂地を行け

そして
石英の礫の上を行くのだ

褒められた
土地の中へと


【解釈と鑑賞】


この詩人のことを書いたWikipediaです。



敢えて、簡潔な短行詩です。


一行、即ち一語、その一語に深い意味を籠めたのでしょう。あたらためて、その一語を考える契機を与えてくれる詩です。

何か、この一語一語が、巡礼の旅の一歩一歩を連想させます。

2014年4月20日日曜日

【西東詩集65】 HATEM


【西東詩集65】 HATEM


【原文】

HATEM

DIES zu deuten bin erbötig!
Hab’ ich dir nicht oft erzählt,
Wie der Doge von Venedig
Mit dem Meere sich vermählt?

So von deinen Fingergliedern
Fiel der Ring dem Euphrat zu.
Ach zu tausend Himmelsliedern,
Suesser Traum, begeisterst du!

Mich, der von den Indostanen
Streifte bis Damaskus hin,
Um mit neuen Karawanen
Bis ans Rote Meer zu ziehen,

Mich vermählst du deinem Flusse,
Der Terrasse, diesem Hain,
Hier soll bis zum letzten Küsse
Dir mein Geist gewidmet sein.

KENNE wohl der Männer Blicke,
Einer sagt:》ich liebe, leide!
Ich begehre, ja verzweifle!《
Und was sonst ist kennt ein Mädchen.
Alles das kann mir nicht helfen,
Alles das kann mich nicht rühren;
Aber Hatem! deine Blicke
Geben erst dem Tage Glanz.
Denn sie sagen:》Die gefällt mir
Wie mir sonst nichts mag gefallen.
Seh ich Rosen, seh ich Lilien,
Aller Gärten Zier und Ehre,
So Zypressen, Myrten, Veilchen,
Aufgeregt zum Schmuck der Erde;
Und geschmückt ist sie ein Wunder,
Mit Erstaunen uns umfangend,
Uns erquickend, heilend, segnend,
Dass wir uns gesundet fühlen,
Wieder gern erkranken möchten.《
Da erblicktest du Suleika
Und gesundetest erkrankend,
Und erkranketest gesundend,
Lächeltest und sahst herüber
Wie du nie der Welt gelächelt.
Und Suleika fühlt des Blickes
Ewge Rede:》Die gefällt mir
Wie mir sonst nichts mage gefallen.《

【散文訳】

ハーテム

その意味を解き明かすことこそ、わたしの覚悟である!
わたしは、お前にしばしば語りはしなかっただろうか
どのようにして、ヴェネツィア共和国総督が
海と婚姻を結んだのかを?

同じようにして、お前の指の節々から
指環は落ちて、ユーフラテス河へと落ちたのだ。
ああ、幾千もの天の歌に合わせた
甘い夢だ、霊感を与えよ!

新しい隊商を組んで
紅海まで往くために
インドスタンから地上を旅して
ダマスクスまで行くこのわたしと

このわたしと、お前は、お前の河で
段丘で、この神域の森で、婚姻を結ぶ
ここでは、最後の接吻まで
お前に、わたしの精神は捧げられることになるのだ。

男達の視線をよく知るがいい
ある者はこう言う:わたしは愛し、苦しむ!
わたしは熱望し、そう、絶望する!
感動させることはできない
しかし、ハーテム!お前の視線こそは
やっと、昼間に輝きを与えるものだ。
何故ならば、男達はこういのだから:この女は、わたしの気に入った
それ以外には、何もわたしの気に入ることがないほどに。
わたしは薔薇を見る、わたしは百合を見る
総ての庭という庭の飾りと名誉を見る
同じようにして、糸杉を、ミルテ(桃金嬢)を、菫(すみれ)を見る
これらが、上気して、地上の飾りとなっているのを見る。
そして、飾られているのは、彼女、ひとつの不思議である
驚きを以て、わたしたちを捕まえながら
わたしたちを慰めながら、癒しながら、祝福しながら
その結果、わたしたちは自分が健康であると感じ
再びよろこんで病気になることさへあるかも知れないほどだ。
すると、お前、ズーラライカは、それを看取って
そして、最も健康に病みながら
そして、最も病んで健康でありながら
微笑み、そしてこちらを見たのだ
お前が、決して世界に微笑むことのない微笑みを見せながら。
そして、ズーラライカは、その視線の
永遠の議論を感ずるのだ:この女性は、わたしの気に入った
それ以外には、何もわたしの気に入ることがないほどに。


【解釈と鑑賞】

ハーテムの、前のズーラライカの詩に対する回答の詩です。

古代のヴェネツィア共和国の総督もまた、このふたりの恋人たちと同じように、河に指環を落として、海の女神と結婚をしたのでしょう。

第3連では、中近東を隊商を組んで、駱駝に乗って行く形象(イメージ)が歌われています。これは、西東詩集の最初におかれている詩、HEGIREの第4連に通じるものがあります。このような想像をすることは、楽しいことでしょう。

ズーラライカが、最も病みながら健康に、最も健康に病みながら、微笑むという詩行もまた、ゲーテらしいと、わたしは思います。

2014年4月19日土曜日

【Eichendorfの詩 63】Morgenlied(朝の歌)

【Eichendorfの詩 63】Morgenlied(朝の歌)

【原文】

Morgenlied

Ein Stern still nach dem andern fällt
Tief in des Himmels Kluft,
Schon zucken Strahlen durch die Welt,
Ich wittre Morgenluft.

In Qualmen steigt und sinkt das Tal;
Verödet noch vom Fest
Liegt still der weite Freudensaal,
Und tot noch alle Gaest.

Da hebt die Sonne aus dem Meer
Eratmend ihren Lauf;
Zur Erde geht, was feucht und schwer,
Was klar, zu ihr hinauf.

Hebt grüner Wälder Trieb und Macht
Neurauschend in die Luft,
Zieht hinten Städte, eitel Pracht,
Blau Berge durch den Duft.

Spannt aus die grünen Teppiche weich,
Von Stroemen hell durchrankt,
Und schallend glänzt das frische Reich,
So weit das Auge langt.

Der Mensch nun aus der tiefen Welt
Der Träume tritt heraus,
Freut sich, dass alles noch so hält,
Dass noch das Spiel nicht aus.

Und nun geht’s an ein Fleissigsein!
Umsumsend Berg und Tal
Agieret lustig gross und klein
Den Plunder allzumal.

Die Sonne steiget einsam auf,
Ernst über Lust und Weh
Lenkt sie den ungestoerten Lauf
Zu stiller Glorie.―

Und wie er dehnt die Flügel aus,
Und wie er auch sich stellt,
Der Mensch kann nimmermehr hinaus
Aus dieser Narrenwelt.



【散文訳】

朝の歌

ひとつ、またひとつと、星が静かに落ちる
深く、天の峡谷の中へと
既に、光線は世界を貫いて、震動している
わたしは、朝の空気を、その気配を感ずる。

朦々(もうもう)たる煙雲のなかに、谷は立ち昇り、そして、沈む
祝祭によって、なほ荒涼となって
広い歓喜の大広間は、静かにあり
そして、すべての客は、まだ死んだままだ。

すると、太陽が海の中から昇る
その軌道を呼吸しながら;
湿ったもの、重いものは、大地へと向かい
清澄なものは、太陽へと昇り行くのだ。

緑なす森という森は、衝迫と力を
新たにささめきながら、空気の中へと揚げ
町々の背後で、虚栄の華美を引き
青い山々を、その芳香の中を引いて行く。

緑なす絨毯の中から、柔らかく広がり渡り
河の流れに明るくからみつかれて
そして、響きを立てながら、新鮮な王国が輝いている
眼の届く限り。

人間は、夢々の深い世界から、こうして
歩き出て
すべてが、まだかくも堪えてあることに歓び
まだその遊戯が終っていないことに喜ぶのだ。

そして、こうして今度は、一種勤勉であることが肝心だという話になるのだ!
大騒ぎをしながら、山と谷が
陽気に、大きくなり小さくなりして、
同時に、ばか騒ぎの振る舞いをする。

太陽は、孤独に昇り
真剣に、陽気と悲嘆を通って
邪魔されることのない軌道を操縦して
静かな栄光へと向かうのだ。

そして、その軌道が、両の翼を一杯にひろげるにつれ
そして、その軌道が、実際軌道に載ったにつれて
人間は、もはや出ることができないのだ
この愚か者の世界からは、決して。


【解釈と鑑賞】

朝の様子を歌うアイヒェンドルフの言葉は、いつも素晴らしいものがあります。

この詩も、その言葉によって織られた絨毯でありませう。


最後の一行の、愚者の世界から人間は抜け出せぬというこの一行が、この詩人のこころの一面をあらわしていると思はれます。