2012年6月3日日曜日

1。Hart Craneを理解するための練習


 

  [配付資料]
   
   Hart Craneの詩作法と解釈

   【表の題】男色者の詩を男色者の詩として読む
   【裏の題】白い建物とブルックリン橋
 

1。Hart Craneを理解するための練習
(1)Black Tambourineを読む(第一詩集、White Buildingsから)

To Brooklyn Bridgeを読む前の練習として、まづBlack Tambourineを読みたいと思います。

この詩を読み、理解することで、To Brooklynbridgeの理解が容易になるようにと考えたものです。

これは、Hart Craneの最初の詩集、White Buildingsの中の2番目の詩です。

Black Tambourine

The interests of a black man in a cellar
Mark tardy judgment on the world's closed door.
Gnats toss in the shadow of a bottle,
And a roach spans a crevice in the floor.

Aesop, driven to pondering, found
Heaven with the tortoise and the hare,
Fox brush and sow ear top his grave
And mingling incantations on the air.

The black man, forlorn in the cellar,
Wanders in some mid-kingdom, dark, that lies,
Between his tambourine, stuck on the wall,
And, in Africa, a carcass quick with flies.


まづ詩集の名前、White Buildingsとはどういう意味でしょうか。

この題名の詩が、詩集の中にあるわけではありません。

White Buildingsとは題名がそのまま意味する通り、白い建築物です。一篇の詩を階層化して建築しているのです。つまり、Black Tambourineの例で行けば、

Black Tambourineは、全部で3連からなる詩、これを

2階(1、3)
1階(2、2)

として設計し、構築した詩が、Black Tambourineということになります。

実際には、後述するように、この詩は、その歌い方からいって、

1階(1、3)
地階(2、2)

という構造になっています。

先回りをすると、地階とは、地獄という意味でもある。舞台は、cellar、地下室であり、夜な夜な男色に耽る男色者の牢獄であり地獄です。(cellという同じ地獄、牢獄、監獄を意味する言葉が、やはり、To Brooklynbridgeにも出て来ます。)

辞書は、Merrian-Webster Onlineを使います。

この詩を訳してみましょう。普通に訳すと、こうなります。わたしは、表の訳と呼んでいます。普通に表面的に読んだら生れる読みのことです。まづ、第1連から。

The interests of a black man in a cellar
Mark tardy judgment on the world's closed door.
Gnats toss in the shadow of a bottle,
And a roach spans a crevice in the floor.


【表の訳】
とある地下室に、ある黒い色した男が独り
その男の興味と関心が、
世界が閉じた扉なのか、それとも扉が閉じて世界を締め出したのか
その扉の上に、遅れた(遅い)判決文をしるす。
吸血の藪蚊共が、ある壜の影の中で、休み無く、行ったり来たり、登ったり降りたり、
そして、一匹のゴキブリが、床の中のある割れ目に、身を伸ばして、架かっている。

しかし、これは一体、何をいっているのでしょうか。そう考えながら、裏の訳を試みてみましょう。

Hart Craneは、この詩の中にいつものように暗号を隠しています。あるいは、詩を暗号化して、裏の詩、すなわち男色者の喜びと悲しみを歌う詩としても読めるように書いています。

この詩の題名から見てみましょう。

Blackという色の名前がつけられている。

これは、詩集の名前であるWhite Buildingのwhite、この白と対極の、それゆえCraneの詩の中では、互いに相通じて最後には(浄化されて)反転してもう一方の意味になる、そのような黒、即ち罪深い、涜神の、背徳の男色者の黒という意味です。

Whiteは、それに対して、浄化された、汚れの無い、男色の罪の赦されたという意味です。

それが、White Buildingの意味であり、そのような作品群がWhite Buildingsです。

詩をbuildingすることで、文字通りに垂直方向に言葉の建物を階層化して立てることで、更に、そうやって構築された詩が、男色者の罪を赦されるものとしてある、そのような祈りの詩とすることで、whiteになる男色を歌った詩、これがHart Craneの詩なのです。

Tambourineとは、同じ詩集の中の別の詩、Chaplinesqueで述べた、チャーリー・チャップリンの主人公がかぶっている黒い山高帽、black hatと同じものを指しています。あるいは、The Bridgeという別の詩集の冒頭にあるTo Brooklyn Bridge (このToは斜字体でなければならない。その理由は後述します。)、その詩の中の3連目の最後の行に、the same screenと歌っているものと同一の物、男色者が使用する性具です。

それは、何かタンバリンのような形をしていて、あるいは山高帽のような形をしていて、円環の枠に柔らかな布をスクリーンとして掛けてある、そのような代物、男色者の性具。これをどのように使って、そこから複数の男が快楽を引き出すのか、わたしは一寸想像が難しいのですが、しかし互いに役割を演じ分けて、ホストとゲストになって、それぞれサービスを提供する側と享受する側になって、互いによろこびを分ちあうのです。

同じWhite Buildingsの中にあるChaplinesqueという詩を読みますと、その場合に、往々にして、男色者は、自らを中世の騎士に喩えて、その役割を演じ、ということは、ゲストになり、ホストである貴婦人からの、性的にはどういうものかはわからないが、褒美をもらうという、そのような劇を演ずるのです。このように、男色者たちの性行為の世界は、非常に高度に洗練された文化の世界です。

(Chaplinesqueとは、そのまま表面的に読めば、チャップリン風とかチャップリン様式という意味ですが、Craneは掛詞と縁語の名人です。裏の意味では、Chaplinesqueは、Chapline's queの意味で、真っ黒な男色の罪に汚れた男色者達の肛門性交の列、肛門性交の数珠つなぎという意味です。

このようにCraneの詩の題名には必ず男色の意味が掛けられ、隠されています。詩そのものについては、言うまでもありません。Black TambourineやChaplinesqueは、ほんの一例です。)

さて、Blackという色は、そのような色だとして、実はCraneは、それ以外に、whiteは勿論のこと、purple、gold、green、violet、amber、grey、sapphire、red、pink、blueなどという色彩を詩の中にちりばめていて、天体の場合と同様に、ここにも色に関するCraneの創造したシステムがあるものと思われます。Amberやsapphireは、色彩ばかりではなく、もうひとつある鉱物の名前のシステムと踵を接する色彩語だと思います。これらの言葉の体系については、また後日探究することにしたいと思います。

さて、いよいよ男色詩人の詩を男色者の詩として読むことに入って参りたいと思います。

最初に理解してもらいたい記号、暗号は、アルファベットのAという文字の意味です。

Merrian-Webester Onlineから以下にひきます。

Definition of A

1 a : the 1st letter of the English alphabet
b : a graphic representation of this letter
c : a speech counterpart of orthographic a
2: the sixth tone of a C-major scale
3: a graphic device for reproducing the letter a
4: one designated a especially as the first in order or class
5 a : a grade rating a student's work as superior in quality
b : one graded or rated with an A
6: something shaped like the letter A
7 capitalized : the one of the four ABO blood groups characterized by the presence of antigens designated by the letter A and by the presence of antibodies against the antigens present in the B blood group

この引用の定義の6番をご覧下さい。

大文字のAに形状が似たものをAで表すとあります。

結論から申しますと、アメリカの男色者は、このAを、人間が前屈みに腰を折り、そうして尻を上げて、肛門性交のための姿勢をとる、そのような男色者のポーズとして使っているのです。

このAを想起させる言葉であれば、それはすべて男色の、男色者の、そのようなポーズを裏で意味することになります。

Craneが10代で書いた恐らく最初の詩、C 33には、tentという言葉が出て来て、

And he tented with far truths he would form

という一行があります。

tentは、文字通りにテントを張るという意味ですが、その形状はAであり、それはそのまま男色の行為を意味するのです。

同様に、loft(屋根裏部屋)とかloftyいう言葉もCraneの詩の中に出て来ますが、その形もAですので、同じ姿勢をとることを意味しています。(このloftという言葉も同じ意味で、To Brooklyn Bridgeにも出て参ります。)

そうすると、C 33の上の一行の表の訳は、

そして、彼は、彼が形作りたいと思ってつくった遠い数々の真実でテントを張った

ということになり、裏の訳では、

そして、彼は、彼が形つくりたい、世間とは際立って異なる衷心から、尻を上げ、肛門性交のポーズをとった

という訳になるでしょう。

(この詩を書いた10代のCraneは既に男色者であったことを、この詩、C 33は意味しています。C 33という題名の裏の意味も興味深いものがあります。

この題名を発声すると、C33ではなく、C 33ですので、See a space thirty threeとなります。A spaceが隠れています。男色者の空間、場所を見よという意味になります。

また、thirty threeは、この詩の中に出て来る、類似の発音としてある、Thorny treeにかかっています。棘のある木とは、男性のペニス、それも肛門に入って来たペニスの感触のことです。ですから、この言葉は受け身の側の男色者の言葉です。See thorny tree、ちくちくする棘のあるペニスを見よという意味です。ですから、10代のCraneは、肛門にペニスを入れられた体験をC 33で歌っているのです。)

Aという文字は、辞書をひくと、またその複数形がAsであり、発音が尻の穴に同じであることから、このAを冠したことばには、そういう意味からも、男色者としての意味が掛けられています。

このAについての暗号としての記号の意味が、まづ最初に理解をしてもらいたいことです。

さて、大文字のAがそうであれば、当然のことながら、小文字のaもそうだということになるでしょう。

そうして、Black Tabourineの中から、不定冠詞のaのついた名詞を拾いだして、列挙すると、次のようになります。

Craneの詩を解読するには、まづ英語の不定冠詞、aまたはanを探してみるのです。そうすると、次のようなものがあることに気付きます。

a black man
a celler
a bottle
a roach
a crevice
a carcass

そうすると、

a black manは、文字通りに罪深き男色者
a cellerは、男色者の地獄、秘密の場所
a bottleは、その形から、男色者のペニス

a roachは、ゴキブリであるが、しかしcockroachということのcock、即ちペニスが無い、言わば男としては性的に無能力の、そのような男、男色者という意味です。

このように男色を意味する語を隠して顕すというやり方をCraneはよく行います。

詩集The Bridgeの中の一篇、Van Winkleという題も、本来ならば、Rip Van Winkleの筈ですが、敢えてRipという男色に関わる言葉を隠して題としているのです。

Ripとは、ペニスに歯を立てて快楽を与えると同時に、いささかの血も流れる位に傷をつけること。このVan Winkleという詩は、そういう男色の詩だよという含意をその題にこめているのです。

このRipもCrane好みの言葉で、To Brooklyn Bridgeの第1連にも、Ripplingとして、また同じ詩の第6連には、Rip-toothとして出て来ます。

a creviceは、男色者の割れ目、すなわち尻の割れ目とその穴のこと。
a carcassは、Websterによれば、

1: a dead body : corpse; especially : the dressed body of a meat animal
2: the living, material, or physical body (I hauled my carcass out of bed)
3: the decaying or worthless remains of a structure <(he carcass of an abandoned automobile)
4: the underlying structure or frame of something (as of a piece of furniture)

とあることから、性的快楽の絶頂を経験した後、死体のように横たわっている男色者のことか、あるいは、そもそも男色者が人間としては、男性の能力もなく、さながら生ける屍だという意味です。

そうするとこの詩の訳と解釈は、次のようになります。第1連から見て見ましょう。


【裏の訳】

The interests of a black man in a cellar
Mark tardy judgment on the world’s closed door.
Gnats toss in the shadow of a bottle,
And a roach spans a crevice in the floor.

男色の罪に穢れた男色者が秘密の場所、地獄か地下牢ともいうべき場所にいる。
男色者の興味は、世間から閉め出された、あるいは男色者が世間に対して締めて閉ざしたドアの上に、遅い判決を書きしるす。
ペニスの蔭で、蚊がさすような微妙なトス、ベニスを下から上へと
快楽を感じるように撫で上げる、そのことよ。そうして、
ベニスは、大きくなって、この地獄のフロアーで
男色者の尻の割れ目に突っ込んで、目一杯鰓(えら)も張り出すのだ。

【解釈】

男色者達は、快楽をむさぼり終わるごとに、ドアに回数を書き、そのよかった程度を何らかの印で書きしるしたものなのではないだろうか。それは、快楽の余韻を味わうのに忙しく、点数を書きしるすのは、つまり、判決を書く事は、それよりも遅れてしまうのだろう。

判決と訳したのは、Chaplinesqueにおいて、男色者の性的行為を歌った中に、

our obsequies are, in a way, no enterprise.

とあるからです。

Chaplinesqueを読むと、我々男色者の世界の死刑執行は、男色者の流儀で、やりかたで(in a way)、ビジネスなのではなく、利害打算のない純粋なものであり、そのような形で男色者は性交の一回毎に、死ぬのだといっているからです。

このobsequies(死刑執行)は複数でもありますから、実際に、男色者の裁く側がいて、相手が絶頂のときに、死ねとか、死刑だとかいうのだと理解することができます。

Tossは、Craneの好みの言葉、他の詩でも出て来ます(たとえば、同じ詩集のSunday Morning Appleの第5連の1行目)。

大きく膨張した状態の亀頭を林檎と呼んでいます。

また、林檎Appleを、A peopleのneumonic(母音を約した縮約形)にして、男色者達という意味に掛け、その林檎をtossすると歌うのです。

林檎をトスするとか、わたしの林檎をトスしてくれと、実際に男色者達は性行為の最中に、そう言葉として使うのだろうと思います。

次に、第2連を見て見ましょう。

Aesop, driven to pondering, found
Heaven with the tortoise and the hare,
Fox brush and sow ear top his grave
And mingling incantations on the air.

これも、表通りで、普通に読むと、本当に何を言っているのだろうと思うような詩です。

【表の訳】

イソップは、何かに駆られて沈思黙考しているうちに、亀と兎のいる天国を見つけたが、狐の尻尾と牝豚の耳が、イソップの墓穴を頂点にもってゆき、そうして空気に触れて呪文を混ぜる。

【裏の訳】

イソップ(男色者)は、尻を上げてAのポーズをとっているが、強いられて心の中で静かに味わっていると、兎と亀の天国、すなわち感じてはやく行くのが勝ちなのではなく、行くのが遅い方が勝ちなのだというお話通りの天国を発見するし、狐の尻尾のブラシと牝豚の耳で、イソップが快感の絶頂で死に到るように感じさせる。周りで、行くのがもっと遅くなり、絶頂感が長く続くようにという呪文を、実況中継して、そこに混ぜ入れながら。


【解釈】

Aesopとは、これもCrane好みの言葉で、最初から仕掛けがあります。

このイソップという童話の作者の名前をひっくり返すと、Pose A、即ちAという尻を上げた姿勢をとる、その姿勢という意味になるからです。

また、イソップは、アフリカ生まれの黒人であったという説があり、それが念頭にあって、Craneは、この詩を書いています。それは、第1連にあるa black manに始まり、第3連にあるAfricaに到るまで、そうです。黒い色が何を意味するかは、上述の通りです。

表の訳の方に無理があって、表の訳を考えていると、そのまま裏の訳に到る。表裏不可分という感じが、訳していると、します。

狐の毛でできたブラシと牝豚の耳というのは、膨張したペニスには、特に優しく、感じやすくさせるものなのでしょう。だから、そのときの呪文とは、すぐ行かずに、もっと長く持ちますようにという、そのようなおまじないの言葉です。

兎と亀の話は、イソップの有名な話ですが、ここでは、速い兎が負け、遅く行く亀が勝ちという結末から、先に行ったら(射精したら)負け、遅く行った(射精した)方が勝ちという、そういう話を、性行為の最中に、周囲の男色者達が実際に、そういって囃していることをいっているのだろうと思います。

On the airは、Craneの色々な詩によく出て来る言葉ですが、結局、これは、性行為をしているふたり(あるいは、もっと多くの複数人)の周囲にいる他の男色者達が、その行為を見ていて、実況中継をしているととることが、一番自然のように思うので、そのように訳しました。

mingling incantations on the airを、そのまま普通に訳しても、全く何を言っているのか、わからないことでしょう。

最後に、第3連を見てみましょう。

The black man, forlorn in the cellar,
Wanders in some mid-kingdom, dark, that lies,
Between his tambourine, stuck on the wall,
And, in Africa, a carcass quick with flies.


【表の訳】

その黒人は、地下室にひとりになって、
壁にかかっている彼のタンバリンと
アフリカにあって、蠅がたかっている
死んではいない体との間にある、暗い
或る中間の王国をさまよう。

【裏の訳】

男色の罪にけがれた男は、地下牢の、地獄の中で
孤独なまま、自分のものだといいたい、前位置に
壁のように立っている男のそのタンバリン形の
性具と、それから、何度も行きそうになりながら、
まだ絶頂にまで行かずに、従ってまだ生きていて
死んではいない、射精をこらえている男色者、
肛門性交に至らない男色者との間にある
男色者の中間の王国をさまよっている。

【解釈】

someは、Websterによれば、

Etymology:
Middle English som, adjective & pron., from Old English sum; akin to Old High German sum some, Greek hame・ somehow, homos same - more at same

とあることから、Craneは、homosという語源、語釈にホモの意に掛けて、この語を使っています。Sameも同じ使い方をしています。

ですから、Craneの詩の中に、someやsameという言葉が出て来たら、それは例外なく不定冠詞のaと同じ意味を持たせているのです。

このsomeやsameは、To Brooklyn Bridgeにも頻りに出て参ります。

従い、some mid-kingdomとは、男色者、同性愛者の中間の王国という意味になります。しかし、中間の王国とは何でしょうか。

男色者達が、性行為をしているときに、中世の騎士物語を演じるということは、上に書いた通りです。ですから、some kingdom、男色者の王国なのだと思います。

しかし、mid-とは何か。これは、Craneが、To Brooklyn Bridgeにも出て参りますので、そこで詳述しますが、また別に男同士の性行為の様子を、太陽系の星の運行に喩えていたことを考えて下さい。

そうすると、3つの星があって、この穢れた罪深い男、黒い男は、太陽、地球、月のうち、まん中の位置にいると考えることができます。

いづれにせよ、太陽は動かぬ位置にあり、地球は太陽を周回し、月は地球にいつも表だけを見せて自転せず、尻を向こうに向けたままの位置にいる星です。

(太陽の位置にいる男は、支配者であり、自分の前に列をなす、肛門性交の男色者達に号令を掛けて、リズムをとり、前に後ろに、右に左に、男色者達にステップを踏ませて、その性行為を宰領するのだということが、To Brooklyn Bridgeを読むと、よくわかります。

男色者は、Chaplinesqueのqueのことを、即ち、男色者達の肛門性交の数珠つなぎのことを、また別名の暗号でbridge、橋と読んでいます。)

この男の位置は、地球であると、しておきましょう。太陽のペニスをくわえ、尻には月のペニスが挿入されている状態、それが、wander in some mid-kingdomということだと思います。

また、Wallとは、

something resembling a wall (as in appearance, function, or effect); especially : something that acts as a barrier or defense

ということから、太陽の位置にいて、突っ立っている男のペニスに被さっている性具と解釈します。その性具の役目は、地球の位置にいる男色者の舌や手の刺激から、早く行ってしまう(射精する)ことを、なるたけ遅くすること、即ち、something acts as a barrier or defenseという意味です。

Africaとは、何故アフリカなのでしょうか。これもこの語を深く調べてゆくと、

continent of the eastern hemisphere S of the Mediterranean & adjoining Asia on NE area 11,677,239 square miles (30,244,049 square kilometers)


とあり、実は、ここにあるcontinent(大陸という意味に普通はいうもの)を、更にcontinentを調べると、Craneは、continenceということから、

self-restraint; especially : a refraining from sexual intercourse

という意味をAfricaという言葉に隠しているのです。

セックスを我慢するという意味です。

そう思って見ると、AfricaにもAという文字が入っている。だから、アナル・セックスを我慢するという意味になる。

このように考えて来ると、

And, in Africa, a carcass quick with flies.

とは、何度も行きそうになりながら、まだ絶頂にまで行かずに、従ってまだ生きていて死んではいない、射精をこらえている男色者、肛門性交の完成に至らない男色者という意味になる。

Fliesを、

a brilliant, imaginative, or unrestrained exercise or display (a flight of fancy)

ととることもできると思います。

さて、こういうわけで、表の訳と裏の訳を、それぞれ並べて、この第1章の、Hart Craneを理解するための、まとめと致します。


【表の訳】

とある地下室に、ある黒い色した男が独り
その男の興味と関心が、
世界が閉じた扉なのか、それとも扉が閉じて世界を締め出したのか
その扉の上に、遅れた(遅い)判決文をしるす。
吸血の藪蚊共が、ある壜の影の中で、休み無く、行ったり来たり、登ったり降りたり、
そして、一匹のゴキブリが、床の中のある割れ目に、身を伸ばして、架かっている。

イソップは、何かに駆られて沈思黙考しているうちに、亀と兎のいる天国を見つけたが、狐の尻尾と牝豚の耳が、イソップの墓穴を頂点にもってゆき、そうして空気に触れて呪文を混ぜる。

その黒人は、地下室にひとりになって、
壁にかかっている彼のタンバリンと
アフリカにあって、蠅がたかっている
死んではいない体との間にある、暗い
或る中間の王国をさまよう。


【裏の訳】

男色の罪に穢れた男色者が秘密の場所、地獄か地下牢ともいうべき場所にいる。
男色者の興味は、世間から閉め出された、あるいは男色者が世間に対して締めて閉ざしたドアの上に、遅い判決を書きしるす。
ペニスの蔭で、蚊がさすような微妙なトス、ベニスを下から上へと
快楽を感じるように撫で上げる、そのことよ。そうして、
ベニスは、大きくなって、この地獄のフロアーで
男色者の尻の割れ目に突っ込んで、目一杯鰓(えら)も張り出すのだ。

イソップ(男色者)は、尻を上げてAのポーズをとっているが、強いられて心の中で静かに味わっていると、兎と亀の天国、すなわち感じてはやく行くのが勝ちなのではなく、いくのが遅い方が勝ちなのだというお話通りの天国を発見するし、狐の尻尾のブラシと牝豚の耳で、イソップが快感の絶頂で死に到るように感じさせる。周りで、行くのがもっと遅くなり、絶頂感が長く続くようにという呪文を、実況中継して、そこに混ぜ入れながら。

男色の罪にけがれた男は、地下牢の、地獄の中で
孤独なまま、自分のものだといいたい、前位置に
壁のように立っている男のそのタンバリン形の
性具と、それから、何度も行きそうになりながら、
まだ絶頂にまで行かずに、従ってまだ生きていて
死んではいない、射精をこらえている男色者、
肛門性交に至らない男色者との間にある
男色者の中間の王国をさまよっている。


0。Hart Craneを読むためのレジュメ


2012/05/02


Hart Craneを読むためのレジュメ

Hart Craneは、1899年7月21日にアメリカのオハイオ州に生まれ、1932年4月27日に、メキシコからニューヨークに帰る途上、船の上から身を投げ自殺して、その生を終えました。享年33歳。

彼が、10代に書いた(今残っている)最初の詩の題名、C 33という題名が、既に一生の時間の長さを暗示していたとさえ思われるほどです。(C 33を読みますと、Hart Craneは、この詩を書いたときに既に男色者でした。)

今回、ミッドナイトプレス社のご厚誼により、Hart Craneについてお話をする機会を得て、わたしがあなたにお伝えしたいことは、次の3つのことです。

1。偏見なしに、男色者の詩を男色者の詩として読むということ。
2。Hart Craneの詩の言葉の美しさを知ってもらいたいということ。
3。この詩人の創造した、言語による複雑な多義的なコンテクストを体感して戴きたいということ。

Black TambourieとTo Brooklyn Bridgeという2つの詩を読むことを通して、この3つのことが、あなたに伝えることができれば、有り難いと思っております。

そのために、下記の順序で話を致します。

限られた時間の中で、できるだけのことをお伝えしたいと思います。

よろしくお願い致します。

              記

1。Hart Craneを理解するための練習
(1)Black Tambourineを読む(第一詩集、White Buildingsから)
   1⃣白い建物、White Buildingsとは何か
   2⃣男色と男色者であることを意味する記号と暗号
   3⃣表の訳と裏の訳

2。The Bridgeについて
(1)The Bridgeという題名の意味
(2)The Bridgeという詩集の体裁(聖書の体裁のパロディーとしての)
(3)The Bridgeの構造(わたしの仮説)

3。To Brooklyn Bridgeを読む
(1)Proemについて:何故To Brooklyn BridgeのToは斜字体なのか
(2)ブルックリン橋にての構造(白い建物としての)
(3)ブルックリン橋にてを読む
(4)表の訳と裏の訳

[配付資料]
(1)Black Tambourineを読む
(2)The Bridgeについて
(3)To Brooklyn Bridgeを読む
   1⃣To Brooklyn Bridgeの構造
   2⃣To Brooklyn Bridgeを読む
   3⃣表の訳と裏の訳



第24週:norbert von xanten (ノルベルト・フォン・クサンテン) by Norbert Hummelt (1962 - )



第24週:norbert von xanten (ノルベルト・フォン・クサンテン) by Norbert Hummelt (1962 -  ) 

【原文】

norbert von xanten

hl. norbert bitte für mich
an deinem todestag ich denke nur an dich
der du wie die legende will
konntest als junker machnen schluck vertragen
bis du im walde fast vom blitz erschlagen
hl. norbert bitte für mich
der du wie die legende will
konntest auf heilignuechternen magen
selbst jene giftige spinne vertragen
welche dir unter den einsetzungsworten
fiel in den kelch den du leertest auf ex..
u. die legende will es dass die spinne kroch
ohne dir weh zu tun aus deinem nasenloch..
hl. norbert wie werd ich asket
hl. norbert es ist schon spät
hl. norbert bitte für mich
an meinem namenstag ich denke nur an dich


【散文訳】

ノルベルト・フォン・クサンテン
(クサンテンのノルベルト)


聖人ノルベルトよ、どうかわたしのために嘆願してくれ
お前の死んだ日に、わたしはただお前のことを思うから
伝説のようにありたいと思い
森の中でほとんど電光に打ち殺されるまで
ユンカーとして幾多の酒の一気飲みに堪えることができたお前を思うから
聖人ノルベルトよ、どうかわたしのために嘆願してくれ
伝説のようにありたいと思い
神聖なほど冷静な胃袋で
あの毒蜘蛛、聖体制定の言葉の最中に、お前が乾杯をして一気に飲み干したそのお前の杯の中に落下したあの毒蜘蛛にさえ堪えることができたお前聖人ノルベルトよ
そして、伝説は、その蜘蛛が這って
お前に苦痛を与えずに、お前の鼻の穴から出て来るという事を欲するのだ。
聖人ノルベルトよ、どうしたらわたしは禁欲者になれるのだろうか
聖人ノルベルト、もう遅いよ
聖人ノルベルトよ、どうかわたしのために嘆願してくれ
わたしの聖名祝日に、わたしはお前のことだけを思うから


【解釈と鑑賞】

この詩人のドイツ語のWikipediaです。

http://de.wikipedia.org/wiki/Norbert_Hummelt

詩の題名であるvon XantenのXantenという地名についての日本語のWikipediaの記述をお読み下さい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/クサンテン

一部引用しますと、

クサンテンとは、オランダ国境に近く、ライン川左岸に位置する小さな町。

クサンテンとは、聖者達の場所という意味とのことです。

聖ヴィクトル大聖堂の守護聖人ヴィクトルは、キリスト教徒の大迫害で知られるディオクレティアヌス帝の時代に、クサンテンの近くで殺害されたとされる。現在は大聖堂の前にヴィクトルの立像が飾られている。

クサンテンは、ブルグント族の英雄叙事詩に基づいて作られたワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』に登場するジークフリートの生誕地ともされている。
と、またこのような土地、このような町です。

クサンテンという地名を思ったのは、ここが殉教者の土地だからかも知れません。

しかし、いづれにせよ、聖人ノルベルトというひとは、11世紀の後半から12世紀の始めに歴史に存在した信心深い僧侶でした。これは、実在の人物です。

とはいえ、その事蹟を読んでも、この詩のように、毒蜘蛛が鼻の穴から出て来たというような話はありません。

ですから、クサンテンの聖人ノルベルトが実際にいたかはわかりません。

この詩で歌われている聖人ノルベルトを実在の人物ととるもよし、仮構の人物ととるのもよし、だと思います。

何しろ、これは詩の世界、文学の世界のことですから。

ユンカーが何故酒を一息で呑むことに堪えなければならないのか、これがよくわかりません。ご存知の方がいれば、お教え下さい。

また、この詩は、本歌取りの詩で、何かの典拠のパロディーになっているのだと思います。本歌をご存知のかたがいらしたら、お教え下さい。

詩中の聖名祝日とは、当人と同じ名前の聖徒の日、ということです。






2012年5月26日土曜日

第23週:Ikaros (イカロス) by Hugo Claus (1929 - 2008)


第23週:Ikaros (イカロス) by Hugo Claus (1929 - 2008)

【原文】

Ikaros

Fertig? Fertig!

Er lachte seinem Vater zu, verräterisch.
(Und flog zu nah an die Sonne, seine Mutter,
und flog in die Hitze ihrer unermesslichen Lippen
und fiel wie eine Maus aus ihrem Maul
und zerschellte auf dem marmornen Meer.

Uebermut? Verzweiflung?

Das war viel eher die wattige Domäne des Daedalos.
Ikarus wollte ihre Wärme nicht scheuen,
wollte sich begraben in ihren weiten lohenden Haaren.)

Fertig? Fertig! Er lacht,
bindet sich Federn an die Knöchel, die Zeichen des Eros,
die Sporen des Greifs.



【散文訳】

イカロス

準備完了?準備完了!
イカロスは父親に笑いかけた、裏切りのこころで
(そして、太陽に余りに近く飛んで行った、母親のところへ、
そして、母親の測り難い唇の熱の中へと飛んで行った
そして、一匹の鼠のように、その口の中から落ちて行った
そして、大理石の海に打ち当たって音を立てて砕け散った。

傲慢?それとも、絶望?

いや、それは、父親ダエダロスの綿のように柔らかな領地であった。
イカロスは、その暖かさを嫌いではなく、
その広い、炎々と燃え上がる毛の中に自らを埋葬したいと思ったのだ。)

準備完了?準備完了! イカロスは笑い、
羽根を指の関節、エロス(憧憬)の徴(しるし)に結びつける、
(鷲の頭と翼とを持つ獅子身の怪獣)グリフィンの拍車に結びつける。


【解釈と鑑賞】

この詩人は、ベルギーの詩人です。しかし、その作品をオランダ語で書いた詩人です。

この詩人のWikipediaです。

http://en.wikipedia.org/wiki/Hugo_Claus

劇作家、小説家、詩人、画家、映画監督として活躍しました。

1970年代には、シルビア・クリステルとの間に一子をもうけています。

色々な偽名、pseudonymを使って、作品を発表したひとでもあります。

晩年はアルツハイマー症に罹り、そのために自ら安楽死を選択して、2008年5月19日亡くなっています。

2012年5月20日日曜日

第22週:Psalm (聖歌) by Said (1947- )


第22週:Psalm (聖歌) by Said (1947-    )

【原文】

Psalm

herr
rühme mich
denn ich habe viel ausgehalten
ohne ein Zeichen von dir
vielleicht bist du nur das echo von meinem schrei
doch dann hilf mir
aus meiner klage ein lied zu machen
an dem sich kommende fremde erwärmen können



【散文訳】

聖歌

主よ
わたしを褒め称えよ
わたしは多くのことに堪えたのだから
お前の徴(しるし)なく
ひょっとしたら、お前はわたしの叫びの単なる山びこに過ぎないのかも知れない
しかし、そうであればこそ、わたしを助けよ
わたしの嘆きの中から、ひとつの歌をつくるために
その歌で、これから来る見知らぬ人々が我が身を温めることができるように


【解釈と鑑賞】

この詩人がどのような詩人なのか、その名で調べても、インターネットには何も出て来ません。

Psalm、賛美歌、聖歌とあるので、ユダヤ教やキリスト教圏の詩人のようです。

神はわたしの叫びの山びこに過ぎない、というところに、この詩のわたしの、何か大変な苦労が思われる。

何か、広い空間に住んでいるような人のように思われる。

とすると、中近東の砂漠に住むひとたちのひとりなのでしょうか。

2012年5月17日木曜日

埴谷雄高論3(自同律の不快)


埴谷雄高の言葉:わたしはわたしであるという文が成立しない、即ち同義語反復になるということを埴谷雄高は、自同律の不快と表現した。


わたしの言葉:同義語反復が不快であるということは、主語が機能化され、述語になり、わたしがわたしではないようになることが不快であるということ、演技すること、役割を演ずることの不愉快である。即ち、わたしがわたしであるという孤独を否定されるからだ。このことから幾千万幾千億の文が生まれてきたし、今も生まれているし、これからも生まれる。

2012年5月12日土曜日

第21週:Die Leiter zum Himmel (天への梯子) by Dschalal ud-Din Rumi (1207-1273)



第21週:Die Leiter zum Himmel (天への梯子) by Dschalal ud-Din Rumi (1207-1273)    

【原文】

Den Freund sah ich heute.
dem alles zum Verdienst gereicht.
am Himmel nahm er seinen Weg
wie die Seele Mohammeds!
Ich sagte, "Zeig mir die Leiter,
damit ich zum Himmel steige."
Er sagte, "Du selbst bist die Leiter,
du musst auf deine eigene Schulter klettern:
wen du dich meisterst,
sind dir die Sterne untertan!
Tausend Wege werden sich dir
am Himmel zeigen,
fliegen wirst du zu Morgenröten
wie ein Gebet."


【散文訳】

すべてを神へ奉納する
友に、わたしは今日会った。
天にあって、この友は我が道を行く者だった
モハメッドの魂のように!
わたしは言った、梯子をくれ
そうしたら天まで登って行けるから。
友は言った、お前自身が梯子だよ、
自分の肩に登らなければならないのだよ、即ち
自分を自家薬籠中のものとすると
星々もお前の臣下となるのだ!
天にあっては、千もの道が
お前に示されることだろう
お前は朝焼けに向かって飛ぶことになるだろう
ひとつの祈りのように


【解釈と鑑賞】

引用されているこの詩には題がついていなかったので、わたしが勝手につけました。

何故かドイツ語のWikipediaがあります。

http://de.wikipedia.org/wiki/Dschalal_ad-Din_ar-Rumi

ゲーテのDivan(西東詩集)を愛する読者としては、ドイツ語圏にアラビアの詩人のWikipeidaのあることは、自然なことのように思われます。

この詩人はペルシャ語の詩人とあります。原文はペルシャ語です。

また、神秘思想家ともあります。

この神秘思想家の思想は、宇宙の中心の力は愛であること、この愛に基づいて、宇宙は成立しているという思想です。従い、宇宙は、どのような部分も愛によって相互に関連した調和のとれた全体であるというものです。勿論、その愛の関連は、唯一無二、神にのみ向けられているというのです。

この神の愛あるがゆえに、宇宙の構成要素はなりたっているという。

神秘思想家であり、その素晴らしさは、その思想を美しい詩、詩の美しさに移して表したところにあるとのことです。

Wikipediaに以下の詩がありましたので、これを訳して、この詩人の思想の理解の一助とします。

Komm, wer du auch seiest!
Wanderer, Anbeter, Liebhaber des Loslassens, komm.
Dies ist keine Karawane der Verzweiflung.
Auch wenn du deinen Eid tausendmal gebrochen hast,
komm nur,
und noch einmal: komm.
【散文訳】
来い、お前がだれであろうとも!
旅人であれ、崇拝する者であれ、解放を好む者であれ、来い、
これは、絶望の隊商(キャラバン)ではない。
たとえ、お前がお前の(神への)誓いを千回破ったとしても、
来るのだ、
そしてもう一度、来い

これらの詩は、深い詩情(die Poesie)を湛えています。

今の日本の詩人には、無論、書く事のできない詩です。

それが何故かを考えることは、大切なことだと思います。