【Eichendorfの詩104】Die Freunde2(友達2)
【原文】
Vor mir liegen deine Zeilen,
Sind nicht Worte, Schriften nicht,
Pfeile, die verwundend heilen,
Freundesaugen, treu und schlicht.
Niemals konnte so mich rühren
Noch der Liebsten Angesicht,
Wenn uns Augen süß verführen,
Und die Welt voll Glanz und Licht:
Als in Freundesaugen lesen
Meiner eignen Seele Wort,
Fester Treue männlich Wesen,
In Betrübnis Trost und Hort.
So verschlingen in Gedanken
Sich zwei Stämme wundertreu,
Andre dran sich mutig ranken
Kron an Krone immer neu.
Prächt'ger Wald, wo's kühl zu wohnen,
Stille wachsend Baum an Baum,
Mit den brüderlichen Kronen
Rauschend in dem Himmelsraum!
【散文訳】
わたしの前には、お前の行がある
言葉ではなく、文字ではない
矢だ、傷つけながら治癒させる矢だ
友垣の眼、誠実で実直な眼だ。
これほどには、わたしを未だ感動させることのできなかった顔(かんばせ)は決してなかった
この最愛の女性の顔(かんばせ)ほどには
もしわたしたちを、(わたしたちの)眼が誘拐するならば
世界は光輝と光に満ち溢れる:
友垣の眼の中に読むことのように
わたしの独自の魂の言葉を読み
確固として誠実たる、男としての在り方を読み
悲哀の中に、慰めと財宝を読むことだ。
様々な考えの中で
ふたつの幹は、奇跡のままに互いを掻き抱き
その場にいる外の者たちは、陽気に互いに絡み付き
王冠に王冠を接して、いつも新たに
壮麗なる森、そこには、棲むには冷気があって
樹木が樹木に接して、静かに成長している
兄弟の王冠と一緒に
さやけき音を立てて、天の空間の中で!
【解釈と鑑賞】
連詩5篇からなる詩『友達』の第2の詩です。
第1連の行と訳したドイツ語は、Zeilenです。これは友の書いた手紙の行かもしれず、また友の書いた本の行かも知れません。
この行(女性名詞)のことを、「この最愛の女性」と、第2連で呼んでいるのです。
そのような最愛の行(女性)の顔に誘惑され、誘拐されて、さらわれて、この世の中からはづれても、いやそうであればこそ、世界は輝きと光に満ちるのだというのが、第2連であり、そうなった後の世界がどのような世界であるかを、第3連以下の最後の連までに歌っております。
この世界の友達は、頭にみな王冠を戴いている。そうして、やはり森に棲んでいる。その森は壮麗なる森である。即ち、他の詩にあったように、森は一つのHalle、大広間であるということなのです。もう、ここからは、アイヒェンドルフの世界です。
最後の連は、わたしにはリルケの世界、特に最晩年の傑作『オルフェウス へのソネット』の動機(モチーフ)を思わせます。
リルケも、垂直に成長する樹木を讃え、それはこの世の時間を離れて成長する、オルフェウスと同じ、純粋空間に存在するものの形象として歌い上げているからです。
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