今年31年ぶりであったドイツの友人からもらった2011年53週からなる詩のカレンダーの第1週目の詩を訳し、解釈をつけます。
ドイツのこのカレンダーは、第1週が既にこの12月27日からの1週間で始まり、新年は元旦と2日までとなっています。
新年3日の週にはもうすぐに第2週の詩を上梓しなければならないということで、今日は、その最初の詩です。これは、結構大変です。
というわけで、少しあわてております。
【原文】
Leere Haende
by Ko Un
Im Schneegestoeber
begruesse ich den fruehen Morgen des neujahrstages,
gemeinsam mit Frau und Tochter wandere ich
zu einem Huegel.
Dabei denke ich an meine uebermaessigen Wuensche.
Wusste ich nicht, dass leere Haende leicht und frei machen,
so leicht, dass ich im Moment abheben konnte?
【散文訳】
猛烈な吹雪の中で
わたしは新年の朝に挨拶をする
妻と娘と一緒に
わたしはとある山へと歩いて行くのだ
そうしながら、わたしは余りある願いのことを考えている。
空(から)の両の手が、軽く、そして自由にするので、
かくも軽くするので、わたしが今この瞬間に
こうして始めることができたということを
わたしは知らなかったであろうか?
(いや、この山に来る前に既に知っていたのだ。
わたしは、何も両手に所有していないのだから。)
【散文訳】
猛烈な吹雪の中で
わたしは新年の朝に挨拶をする
妻と娘と一緒に
わたしはとある山へと歩いて行くのだ
そうしながら、わたしは余りある願いのことを考えている。
空(から)の両の手が、軽く、そして自由にするので、
かくも軽くするので、わたしが今この瞬間に
こうして始めることができたということを
わたしは知らなかったであろうか?
(いや、この山に来る前に既に知っていたのだ。
わたしは、何も両手に所有していないのだから。)
【解釈】
Ko Unとアルファベティカルに書かれた名前だが、これは多分中国の詩人であろうと思う。
きっと中国では、元旦にでも、近くの山に登って、日本ならば初日の出を拝むような習俗があるのだろうと思う。
その山に登って(その山もやはりきちんと意義のある山であって)、新年の願いごとをするとみえる。
その日は、吹雪であった。いや、吹雪である。この詩の時制は現在。最初の2連は現在である。
最後の連、第3連のみが過去である。
ということは、最後の連で、去年を、またそれ以前の自分自身の過去を振り返って、そのように思ったということなのだろう。
実は、3連目のふたつの他動詞、一つ目はmachen、マッヘン、二つ目はabheben、アプへーベンは、目的語を持っていない。敢えて目的語を入れなかったのだと思う。
そのために、動詞の意味の輪郭が明瞭ではなくなっている。
これも詩人の意図するところだと思う。
それは、前の2連の現在形から推量する以外にはない。
前の2連の言葉はこうである。
猛烈な吹雪にも拘らず、新年のお参りに戸外に出て行くということは、余程の決心である。
それも、翻訳ではうまく出ていないが、「新年の日の早朝に挨拶する」というところの「早朝に」の助詞「に」は、そのときにという意味ではなく、文字通りに早い朝に対して挨拶をするという意味である。
それほどの思いの強い新年の朝への挨拶なのだ。
それも、伝統的な習俗に従って、小高い山に登るのだ。
妻と娘と一緒に、わたしは、山に(あるいは丘に)歩き行く。
「歩いてゆくのだ」と訳した動詞は、wandern、ヴァンデルンであって、これはヴァンダーフォーゲルという日本語にもある通り、これは、決まりきった、或いはあらかじめ決められた、分かりきった道を真っ直ぐに、一直線に行くのではない。
旅をする、放浪するという含意があることからわかるように、道を探して、或いは道を求めて、道を確かめながら、歩くという意味だ。大きくは、遍歴するという意味もある。
この徒歩(かち)で行くのは、人生の旅で、妻と娘と一緒に、そこの、登れば、登って新年の朝に挨拶すれば得られる何ものかを求めて、わたしは旅に出ているのではないだろうか。
さて、山に登りながら、余りある願いごとをあれこれと思ってみたが、登らなくとも、あるいは既にして登る前に、わたしは、次のことを知っていなかったであろうか、いや知っていたに違いない。と、そう歌っている。
それは、両の手が何も所有していなければ、その手は、かくも軽く、自由にしてくれて、それは
余りに軽くしてくれるので、今この瞬間に何ということはなく、このように(吹雪の中、困難な道を来て)易々と始めることができたのだということを。
Abheben、アプへーベンを仮に、始めると訳したけれども、この言葉を始めるなどと包括的な意味のある言葉にして、その動詞の複数の意味するところをまとめてしまうと、やはり却ってその意義、即ち本来の意味が薄れて行くようである。
ご参考までに、英語で類義語を挙げると次のような語が並びます。
Lift, raise, bast off(space rocket), take off(lid, cover, etc), slip(knitting), draw out(money from bank), pick up(phone, card), get off
このわたしは、何かを求めて決心するものがあるのだと思われる。
それでも、いざ願いごととなると思いはあれもこれもと思うのだ。
この山には不定冠詞がついているので、必ずしも土地のひとたちが習俗的に、習慣的に毎年行く、習い覚えた山ではない。わたしが任意に選んだ山だということがわかる。初めて登る山かも知れない。
あるいは、この不定冠詞は、わたしが敢えて、読者にその山がどの山かを知らせまいとして、そのように表したのかも知れない。この解釈ならば、その願いも一層の秘め事ということになるだろう。
最後の過去形の反語的疑問文の意味するところは、このように吹雪も吹き、しかも初めてでもある困難な道を、毎年新年にはひとのするように山に登ろうとやってみて、しかも妻と娘も伴って、と、そのようなこころがあるのならば、既に答えは、出ていたのだ、何もない両手がかくも易々と自由にしてくれていたのだ、と、そのような意味ではないかと思う。
空(から)の両手は、わたしの空の両手とはいっていないのが味噌だと思う。
無冠詞で、空の両手だといっているのだ。
もっと言えば、いつも、わたしが俺は何も手にしていない奴だなあと繰り返し思っていたとしたら(石川啄木の歌にあるようなことだが)、ドイツ語では無冠詞になると思う。啄木は、じっと手をみた。わが手とはいっていない。同じように、単に(空の)手ということで、手というものが自分の手であることを超えて、何もなさ過ぎて、もうなんということもなくなっている、そんな手になるのではないだろうか。
こうして読んでみると、この手のことばかりというわけではないが、この作品が詩であるのは、表現が作者の個人的な体験に留まっていないからだということができる。
追伸:
第1連の「わたしは新年の朝に挨拶をする/妻と娘と一緒に」というところは、ドイツ語で音読して聴くと、妻と娘と一緒に、わたしが新年の朝に挨拶をするように(時間の中では)聞こえます。
そのように詩人が意図的に詠んだということだと思う。文法的には、ふたりと一緒に山に登るのであるが。
原文の第1連の2行目の最後のコンマは、そのような意味であり、そのような働きをしている。文が切れていないのです。
追伸2:Ko Unというひとは、高銀といい、韓国の有名な詩人だということを後で知りました。Wikipediaに掲載があります。:http://en.wikipedia.org/wiki/Ko_Un
自分自身の人生を生きるために、自分の言葉を持て。そして、歳とともに、過激になれ。世界を変形させる為に。Have your own words to live your unique life! And be radical as you are getting older in order to transform the world!
2010年12月31日金曜日
2010年12月30日木曜日
日本語の詩は何故改行するのか、できるのか?
今日も歳末とて午前中大掃除。
その間、頭をよぎることあり。
それは、日本語の詩の改行の問題です。
文書を整理していたら、banさんから戴いた立教大学の詩の講座での教科書が出てきて、そこに秋山基夫さんの「詩行論」の引用があり、再度この問題について考えたい。
とはいえ、あるいは備忘のようなものになるかも知れない。
最新のtabの編集後記、confidenceに書いたわたしの文章をまづ引用します。
「リルケのオルフェウスへのソネットを訳していて思ったことで
あるが、ヨーロッパの詩は脚韻を踏むので、改行しなければ
ならない。改行するのは、脚韻を踏むためである。
これに対して、日本語の詩は何故改行するのであろうか。
ヨーロッパの詩の真似をして改行しなければならないから
改行しているのだろうか。改行する必然的な理由は
なんだろう。脚韻ではない。
今芭蕉七部集を読んでいるので、連句のことを思った。これは、改行の連なりである。付合という必然的な理由がある。
日本人の書く改行詩にある深層意識は、これではないのだろうか。
これは、視点を変えてみれば、モード(話法)の変換の連続ということである。これが連句、俳諧だと思い、日本語の詩の急所、エッセンスだと思う。
そうであれば、それを意識して書けば日本語の詩になるのではないかと思った。」
ここで言っていることは、
1. 日本語の詩は何故改行するのか?という問い。
2. モード(話法)の転換ということなら詩の改行はあり得るということ。
このふたつのことを言っている。
もっと言えば、西脇順三郎の詩の改行は、上の2に当たっているのではないかということです。
さて、秋山さんの詩行論から以下に孫引きします。
「朔太郎の文語詩から口語詩への移行は、文語の美意識の破壊、口語による詩の創造という二段階であった。」
「朔太郎が口語によって詩を書いたとき、文語の場合のように七五などの句を単位として行の長さを決めるわけにはいかなかったこと、にもかかわらず行わけの詩を書いたのだということ、この当然と見えるところに、実は、現在にいたるまで持ちこされた問題の核心があるのだ。連用形を多用すれば、当然そこに脚韻のようなものの、規則化されないその時限りの押韻の効果はあるだろう。また、一行が何によって終わるのか、それを決めることにもなるだろう。しかし、それがただちに、行の長さを決めるすべてにはならないのだ。」
詩と対極にある典型的な散文の文章を想像してみて、もし改行せよといわれて、詩のように改行するとしたら、その区切りの理由は、明確に次のようになるだろう。
1. 主文をひとつ提示する(提示して一行を終わる)
2. 主文と従属文を分けて改行する。
3. 更に、従属文の中の主語と述語で分けて改行する。
例を即興でつくってみると、
今日詩の教室へ行くと
先生が先に来ていたので
おはようございますと
挨拶をした。
というようにです。
同じbanさんの資料にある倉田比羽子さんの「脱落」という詩の、引用されている最初の二行は、次のようになっています。これは、散文でいう上の2の例です。
「わたしは 鏡のなかのその人に慎み深くわたしと呼びかけるだろうから
呼ぶ声は夜明けの航跡 光を導く愛の触媒となってふり返る」
ここでは、形式上、詩と散文の区別はつかない。
この一文(実際には二行の文。しかし、ひとつのセンテンス)が詩であるとしたら、それは何によっているのだろうか。
形式でなければ、実質によるのだという議論になるだろう。
そうして、詩とは何かを定義しなければならなくなり、詩といっても、その言葉の下で、詩の精神、Poesie、詩の制作、詩作品のいづれかを言っているという議論になるだろう。
(詩の定義については、我が詩文楽を御覧ください:
そうすると、ここで問題になるのは、詩の精神とポエジーである。
上の倉田比羽子さんの一行は、ポエジーを有するか?また詩の精神の発露があるか?ということが問われることになる。
わたしの詩文楽の詩の定義によれば、詩は典型的には隠喩(メタファー)によって現れるので、この詩の一行にそれがあれば詩だということになる。
確かにそうみれば、特に主文(2行目の行)は、隠喩の連鎖である。
(この稿続く。)
追伸:詩文楽の詩の定義を、備忘的に、そのままここに転記します。
「2009年10月28日水曜日
詩を、また詩について、書くことについて
リルケの詩について書きながら、あれこれ詩と詩について考えて得たもの、得たことがある。詩とは、ポエジーと詩作品または詩作という意味です。ひとによっては、詩精神という意味まで、詩という一語に籠めているひとがいるように見える。さて、ここで、中間地点で、小さなまとめを記しておきたい。それは、次のような定義です。
1.詩とは、連想の芸術である。
2.詩心とは、無媒介のこころである。
3.分類とは、概念を定義することである。
1の定義は、連想ということから、これは隠喩のありかを既に伝えている一行(センテンス)なり。この定義の中の詩とは、詩作品または詩作という意味です。
2の定義は、これはこの通り。直かなこころのことである。普通は、この世にはない。よほどのことがなければ。人は普通は、媒介、媒体を通じてまた共有して、意思疎通を図っているから。その形式が、ことばと文法ならば、主語と述語ということ。詩は、そうではない。
3の定義は、これは、隠喩の形式でもある。隠喩は、このように、これほど、詩人の宝なり。この定義から、隠喩はまた連想でもあるということが判る。1の定義と実は、同じことを言っている。かくも姿が異なるけれども。
(実は、ひとつのことを、敢て、三つに分けたものである。)」
2010年11月6日土曜日
似たもの同士を集める
今日は、詩のワークショップには、所用あり、残念ながら、行けなかった。
やはり、なんだかんだといって、夕方まで掛かってしまった。
しかし、転んでもただでは起きない、このわたし。
電車に乗って、向こうにある「古代メキシコ、オルメカ文明」の広告写真をみていると、あることに気がついた。
この写真には、このマヤ文明以前の文明の民族のつくった石の仮面、石像の顔が大写して載っているのだが、これをみて、何故人間は、似たもの同士を集めるのだろうと思った。
これらの顔は、この文明の民族の男の典型的な顔のひとつひとつだと思われる。
この顔は、言語、詩の世界ならば、譬喩、特に隠喩(metaphor)というpower(権力)のことを意味する。
論理的な言語形式としては、AはBであると定義すること、何と何が等価であるかを考えることである。
この隠喩とは、あるいは譬喩とは、そもそも、言語の等価原理である。
お金、銭金と同じ淵源から生まれてきているのだ。
この交換原理の、この世界、この世での貫徹を願う詩人は、裏切りという言葉を使って、これを否定的に表現しようとする。
これは、道徳的、倫理的な言葉であり、詩人の考えである。
(これは、前回詩のワークショップにいらした、三角みづ紀さんの言葉を思い出して書いている。)
しかし、詩人は、そのあり方(絶対贈与者)からいって、この言語的交換原理即ち、譬喩を裏切っている。
このようなことを考えた。
ショーペンハウアーが自分の主著の註釈に入れたアリストテレスの言葉はまことに意味深長、意義深いものである。それは、
似たもの同士を集める、これは人類の叡智である
という言葉である。
文字の通りには正確な引用ではないが、これと同じことを言っている。
なぜ、人間は、似せて表現するのであろうか?
なぜ、人間は、似ていることにこんなに感嘆するのであろうか?
これらのことは、すべて、言語は機能であることを証明しているのだ。
ついに、わたしの最後の問いは、何故宇宙はそのように出来ているのか?という問いである。
やはり、なんだかんだといって、夕方まで掛かってしまった。
しかし、転んでもただでは起きない、このわたし。
電車に乗って、向こうにある「古代メキシコ、オルメカ文明」の広告写真をみていると、あることに気がついた。
この写真には、このマヤ文明以前の文明の民族のつくった石の仮面、石像の顔が大写して載っているのだが、これをみて、何故人間は、似たもの同士を集めるのだろうと思った。
これらの顔は、この文明の民族の男の典型的な顔のひとつひとつだと思われる。
この顔は、言語、詩の世界ならば、譬喩、特に隠喩(metaphor)というpower(権力)のことを意味する。
論理的な言語形式としては、AはBであると定義すること、何と何が等価であるかを考えることである。
この隠喩とは、あるいは譬喩とは、そもそも、言語の等価原理である。
お金、銭金と同じ淵源から生まれてきているのだ。
この交換原理の、この世界、この世での貫徹を願う詩人は、裏切りという言葉を使って、これを否定的に表現しようとする。
これは、道徳的、倫理的な言葉であり、詩人の考えである。
(これは、前回詩のワークショップにいらした、三角みづ紀さんの言葉を思い出して書いている。)
しかし、詩人は、そのあり方(絶対贈与者)からいって、この言語的交換原理即ち、譬喩を裏切っている。
このようなことを考えた。
ショーペンハウアーが自分の主著の註釈に入れたアリストテレスの言葉はまことに意味深長、意義深いものである。それは、
似たもの同士を集める、これは人類の叡智である
という言葉である。
文字の通りには正確な引用ではないが、これと同じことを言っている。
なぜ、人間は、似せて表現するのであろうか?
なぜ、人間は、似ていることにこんなに感嘆するのであろうか?
これらのことは、すべて、言語は機能であることを証明しているのだ。
ついに、わたしの最後の問いは、何故宇宙はそのように出来ているのか?という問いである。
2010年10月3日日曜日
芭蕉と西脇順三郎
ご縁があって、芭蕉七部集の冬の日を読むことになった。
誠にむつかしいが、また考えること、読み込むことが面白い。
例えば、冬の日の歌仙の3巻の発句:
つつみかねて月とり落とすしぐれかな
(しぐれは本来は雨かんむりの時雨を使っています。)
これは杜国(とこく)の句であるが、この最初からわからない。
というような調子で、冬の日の3巻と4巻を行きつ戻りつ日が暮れた。
俳諧、連句を読んでいて、はたと思ったことがある。
それは、西脇順三郎の詩に実によく似ているということである。
句と句の関係、繋がり具合が、とてもよく似ていいる。
句と句の呼吸といってもよいと思う。
あるいは、句から句への展開が。
西脇順三郎という詩人にとって詩を書くことは、一人で連句をするようなものだったのだと思う。
そうして、その詩を読むと、その句の連続がそのまま旅であったことも、旅であることもわかる。
今日西脇順三郎の書いた「はせをの芸術」というエッセイ(評論、批評)を読んだが、それによれば、芭蕉は老荘思想を学んだということである。
これは、ビジネス、business、忙しい状態というものの対極にある、全く無為なる境地である。しかして、美あり。文学とはそのようなものである。
追伸:境地! ヨーロッパの白人種たちであれば、認識というであろう。
誠にむつかしいが、また考えること、読み込むことが面白い。
例えば、冬の日の歌仙の3巻の発句:
つつみかねて月とり落とすしぐれかな
(しぐれは本来は雨かんむりの時雨を使っています。)
これは杜国(とこく)の句であるが、この最初からわからない。
というような調子で、冬の日の3巻と4巻を行きつ戻りつ日が暮れた。
俳諧、連句を読んでいて、はたと思ったことがある。
それは、西脇順三郎の詩に実によく似ているということである。
句と句の関係、繋がり具合が、とてもよく似ていいる。
句と句の呼吸といってもよいと思う。
あるいは、句から句への展開が。
西脇順三郎という詩人にとって詩を書くことは、一人で連句をするようなものだったのだと思う。
そうして、その詩を読むと、その句の連続がそのまま旅であったことも、旅であることもわかる。
今日西脇順三郎の書いた「はせをの芸術」というエッセイ(評論、批評)を読んだが、それによれば、芭蕉は老荘思想を学んだということである。
これは、ビジネス、business、忙しい状態というものの対極にある、全く無為なる境地である。しかして、美あり。文学とはそのようなものである。
追伸:境地! ヨーロッパの白人種たちであれば、認識というであろう。
2010年9月28日火曜日
Grünbeinの詩
ドイツ語圏の現代詩人で、Durs Grünbeinという詩人がいる。
日本語で発音すると、デゥルス・グリューンバイン。現在48歳。日本では全くといっていいほど無名です。そもそも現代の日本では、現代ドイツ詩というものを読むということがない。
ドイツ語のWikipediaは、
http://de.wikipedia.org/wiki/Durs_Gr%C3%BCnbein
英語のWikipediaは、
ttp://en.wikipedia.org/wiki/Durs_Gr%C3%BCnbein
この詩人の作品のうち、
Vom Schnee oder Descartes in Deutschland
という作品を日本語に翻訳する試みを、のんびりと始めたいと思います。
日本語に訳せば、雪について、またはドイツでのデカルト、という題になるでしょう。
このように、主人公は、デカルト。従僕のジローと一緒に、17世紀は30年戦争のドイツに来て、その冬を迎えています。
さあ、何がどんな展開になるのやら、今から楽しみです。
乞うご期待、です。
日本語で発音すると、デゥルス・グリューンバイン。現在48歳。日本では全くといっていいほど無名です。そもそも現代の日本では、現代ドイツ詩というものを読むということがない。
ドイツ語のWikipediaは、
http://de.wikipedia.org/wiki/Durs_Gr%C3%BCnbein
英語のWikipediaは、
ttp://en.wikipedia.org/wiki/Durs_Gr%C3%BCnbein
この詩人の作品のうち、
Vom Schnee oder Descartes in Deutschland
という作品を日本語に翻訳する試みを、のんびりと始めたいと思います。
日本語に訳せば、雪について、またはドイツでのデカルト、という題になるでしょう。
このように、主人公は、デカルト。従僕のジローと一緒に、17世紀は30年戦争のドイツに来て、その冬を迎えています。
さあ、何がどんな展開になるのやら、今から楽しみです。
乞うご期待、です。
2010年6月4日金曜日
Hart Craneつれづれ草5
柴田宵曲のふたつの著作を読み終え、昨日今日とまたHart Crane論、「Hart Crane and the homosexual text New Thresholds, New Anatomies」(Thomas Yingling著)を読み始める。
今日は、第4章、男色者の叙情詩という章である。
Craneの手紙から、その叙情性のよってきたるところを、このひとは文芸理論、詩理論(日本語でいう詩論ではない、詩の理論である)をもとに歴史的な文脈と、それを否定したCraneの詩の叙情性を論じるのであるが、その論のいう、まことにわが膝を打つばかりの箇所をそのまま引用して読者諸賢の閲覧と理解に供せむと欲す。
同書108ページから:
But Moore was not the only literary authority Crane seemed unable to please; one of his famous prose statements (where he outlines his poetics as a "logic of metaphor") was written to Harret Monroe in an attempt to explain to her that his poetry was not non-sense, that it was in fact grounded in an explicable theory of language."
Mooreというひとは、Marianne Mooreという女性の編集者のことで、CraneのThe Wine Menagerieという詩に大幅に手を加えた編集者である。最初の連ふたつを削除し、その他文言を替えたのだという。Craneがなにもいえなかったのは貧しかったから、お金がなく、お金が欲しかったからである。と、そう書かれている。そうだろうと思う。それに、この編集者には男色者の詩のレトリック、修辞学は理解できなかっただろう。しかし、Craneの詩に魅力を感じていたこともまた事実であり、この詩人も世話になったことではあるのだ。
端的にいって、it (his poem) was in fact grounded in an explicable theory of languageということは、その通りだと思う。Craneの詩は、確かにin an explicable theory of languageに書かれている。わたしがこの詩人の詩を理解したのも、唯単純にウエブスターという辞書をひいて、この詩人の使う言葉ひとつひとつの概念に戻って考えたからである。
詩人はどんなに愚かであっても、嘘をつかない。
もうひとつは、同書109ページ:
Craneが、男色者としての自分の詩を自己検閲をしたということ、社会にその内容、意義と意味を知られることを極度に恐れたということである。
His letters from Ohio refer several times to the "Ulysses situtation" - "terrible to think on" (Letters, 72). "It is my opinion that some fanatic will kill Joyce sometime soon for the wonderful things said in Ulysses" (letters, 95).
Joyceのユリシーズの中の"the wonderful things"とは、男色のことについて書いてあることをいっているのだと思われる。
この引用の前後にある著者の文章とCraneの言葉の引用は、非常にこの詩人の社会に対する恐れを表していて、的確だと思う。その分、この詩人の詩は階層が深く、多重の掛け言葉に満ちていて、理解が難しい。
もうひとつ、ページが相前後するが、ページ106:
著者が論じていうには、Craneの詩の核心にあるのは、the textuality of subjectivityだといっていることである。これが、男色詩人の叙情詩の問題だといっている。
柿沼徹さん、またfiさんが論じていることに多いに関係あることなり、とそう思うのです。敢えて言えば、言語と主観の問題、主観の持つ言語との関係におけるその性質ということになりましょう。
(性質とわたしは言ったが、そうであれば、性質はまた言語なる関数の一要素なり。被演算の対象なり。)
わたしがHart Craneの詩に惹かれるのは、男色詩人であることではなく、それとは無関係に、結果としてこの詩人の有する表現の到達した一般性、普遍性、即ち主観と言語の関係のあらわれにあるのだな、そのあらわれ方の普遍性に。
2010年5月8日土曜日
Hart Craneつれづれ草4
4月27日はHart Craneの命日である。1932年4月27日に、メキシコからニューヨークに向かう船の上から海に身を投げ、33歳の若さで亡くなった。
船の名前は、SS Orizaba。当時のことなので蒸気船です。
手もとにあるCraneの全作品の収録された詩集の一番最初に「C 33」(C, one space 33)という詩が載っています。これは、多分10代の作品。この題名から考える通り、Craneは、もう既にこのときに自分の人生が33歳で終わるのだということを見通していたのではないかと思われるほどです。
わたしの天才の定義は、若年にしてそのひとの人生を見通すひとが天才だという定義なのですが、Craneは、確かに天才なのだと思います。
この詩には、既に後年の詩集にある、男色者として詩を暗号化して書いております。今読んでいる論文、Hart Crane and the homosexual textによれば、Crane若年の折、詩人を男色に誘惑したのはan old manだと、後年詩人自らが言っているということですが、そのような経験をして詩を既に10代で書いたのだということになります。
その他、Craneが私信で書いている好きな男のどこがどのように好きかとういときの言葉は、実に生々しく、男色とはまさしく男性同士の性行為であることを如実にしめしています。それは、男女の性行為とは格別に異なる素晴らしい経験なのだと思います。一寸引用しますと、
I can remember happily. With .... you must think of someone . . . with a face not too thin, but with faun precision of line and feature. Crisp ears, a little pointed, fine and docile hair almost golden, yet darker, - eyes that are a little heavy - but wide apart and usually a little narrowed, - aristocratic (English) jaws, and a mouth that is just mobile enough to suggest voluptuousness. A strong rather slender figure, negligently carried, that is perfect from flanks that hold an easy persistence to shoulders that are soft yet full and hard. A smooth and rather olive skin that is cool - at first.
Execuse this long catalog - (Letters 126-27)
このようなエロエィックな対象が男から見た男なのでしょう。
その他にも、詩に書いているような、男色者特有の隠語で書いている性行為もあって、次のような箇所は、全くTo Brooklyn Bridgeを読んでいるのと全く径庭がありませぬ。男色者の言葉の世界それが、社会に認められずに離反しているがゆえに一層、また隠語で話され書かれている分だけ、一層そのまま詩になっているのだと思います。
And I have been able to give freedom and life which was acknowledged in the ecstasy of walking hand in hand across the most beautiful bridge of the world, the cables enclosing us and pulling us upward in such a dance as I have never walked and never can walk with another. (Letters 181)
男色者同士の性行為、肛門性交のqueを橋、bridgeに譬えている。これはこのまま暗号化された、Craneの詩文になっていると思います。
と、このようにあれこれとHart Craneのことと、その文学を思うことで、今日の供養といたしませう。
船の名前は、SS Orizaba。当時のことなので蒸気船です。
手もとにあるCraneの全作品の収録された詩集の一番最初に「C 33」(C, one space 33)という詩が載っています。これは、多分10代の作品。この題名から考える通り、Craneは、もう既にこのときに自分の人生が33歳で終わるのだということを見通していたのではないかと思われるほどです。
わたしの天才の定義は、若年にしてそのひとの人生を見通すひとが天才だという定義なのですが、Craneは、確かに天才なのだと思います。
この詩には、既に後年の詩集にある、男色者として詩を暗号化して書いております。今読んでいる論文、Hart Crane and the homosexual textによれば、Crane若年の折、詩人を男色に誘惑したのはan old manだと、後年詩人自らが言っているということですが、そのような経験をして詩を既に10代で書いたのだということになります。
その他、Craneが私信で書いている好きな男のどこがどのように好きかとういときの言葉は、実に生々しく、男色とはまさしく男性同士の性行為であることを如実にしめしています。それは、男女の性行為とは格別に異なる素晴らしい経験なのだと思います。一寸引用しますと、
I can remember happily. With .... you must think of someone . . . with a face not too thin, but with faun precision of line and feature. Crisp ears, a little pointed, fine and docile hair almost golden, yet darker, - eyes that are a little heavy - but wide apart and usually a little narrowed, - aristocratic (English) jaws, and a mouth that is just mobile enough to suggest voluptuousness. A strong rather slender figure, negligently carried, that is perfect from flanks that hold an easy persistence to shoulders that are soft yet full and hard. A smooth and rather olive skin that is cool - at first.
Execuse this long catalog - (Letters 126-27)
このようなエロエィックな対象が男から見た男なのでしょう。
その他にも、詩に書いているような、男色者特有の隠語で書いている性行為もあって、次のような箇所は、全くTo Brooklyn Bridgeを読んでいるのと全く径庭がありませぬ。男色者の言葉の世界それが、社会に認められずに離反しているがゆえに一層、また隠語で話され書かれている分だけ、一層そのまま詩になっているのだと思います。
And I have been able to give freedom and life which was acknowledged in the ecstasy of walking hand in hand across the most beautiful bridge of the world, the cables enclosing us and pulling us upward in such a dance as I have never walked and never can walk with another. (Letters 181)
男色者同士の性行為、肛門性交のqueを橋、bridgeに譬えている。これはこのまま暗号化された、Craneの詩文になっていると思います。
と、このようにあれこれとHart Craneのことと、その文学を思うことで、今日の供養といたしませう。
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