2011年11月19日土曜日

Dezember(12月):第49週

Dezember(12月):第49週

by Lars Gustafsson (1936年生まれ)


【原文】

Dezember war immer ein Monat,
in dem man eigentlich aufhoerte zu sein.
Man wurde eine Parenthese im Dunkel,
mehr nicht.
Laternen wurden angezuendet, Lampen und Kerzen.
Aber sie waren so offensichtlich
unzureichend
gegen die steigende Flut der Dunkelheit.
Leicht versteht man
eine urspruenglichere,
eine heidnische Weihnachtsbotschaft:
Mit Fackeln und Flammen um jeden Preis
ein Sonnenlicht zurueckzuholen

dessen Wiederkehr sich nie von selbst verstand.


【散文訳】

12月はいつも
ひとがそもそも存在することを止める月だった。
ひとは、暗闇の中で括弧になり、
それ以上のものではなくなった。
ランタンに火が灯された、ランプにも、蝋燭にも。
しかし、これらのものは、明らかに
暗闇の、いや増しに上昇して来る洪水に対しては
不十分だった。
容易に、より根源的な
異教的なクリスマスの知らせを人は理解する。
つまり、篝火と炎とで、何が何でも
太陽の光を取り戻すのだ。

その光は、決してひとりでには戻って来ないのだった。


【解釈】

この詩人は、スウェーデンの詩人です。

この詩人の英語のWikipediaです。

http://en.wikipedia.org/wiki/Lars_Gustafsson

先日の第45週の詩「秋の魔女」はリトヴィアの詩人、これはスウェーデンの詩人。

これらの詩には、何か、異教的な匂いが芬芬(ふんぷん)とします。

12月。冬。暗闇の支配する季節。人間。火。抵抗。戦い。

この詩では、春の到来は、思いの外です。全く期待されていない。

わたくしは北海道で12月に生まれました。

この詩の持つ雰囲気は、わたしの故郷の雰囲気にとても似合っていますし、とても通い合うものがあります。

北海道からアリューシャン列島を伝わり、シベリア大陸を経てスエーデンへと、何者かが往来しているのでしょう。時間を空間を超えて。

それは、やはり12月の、冬の闇であり、それに抗する人間の意志、即ち光りを求めてやまないこころだと思います。

そう思って、この詩を読むと、実に象徴的な詩だと思えるのです。

他方、誠に実感の籠った現実的な詩であることのままに。



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