2016年11月28日月曜日

「Gay詩人、Hart Craneの暗号を読み解く」(続編):「郵便局」とは何か?

「Gay詩人、Hart Craneの暗号を読み解く」(続編):「郵便局」とは何か?

19世紀末20世紀初を生きたアメリカのHart Craneとふ男色詩人の詩が如何に男色者の隠語(jargon)で書かれてゐるか、また其の暗号化の規則は一体どのやうなものかについては、既に此の詩人の比類なき傑作To Brooklyn Bridge』(『ブルックリン橋にて』)を中心に、標題のHart Cran論の中で詳細に論じた通りですが、更に昨日ふと、このHart Crane論の中でまだ触れてゐなかつた暗号のことについて、かねて謎のままにあつた一語の、この男色者の世界の暗号を解くことができましたので、それについてお伝へしたいと思ひます。

それは、郵便局」といふ隠語です。

この、暗号化されて、男色者であることを互ひに初見で一瞬に同類であることを識別するための、符牒として使はれてゐる、男色者の隠語についてです。

忠臣蔵で吉良邸討ち入りの時に、山と呼んで、相手が川と応へれば味方であることの識別になるやうに、男色者の社会でも、郵便局はどこですか?と訊いて、ある言葉を返せば、それは二人は同じ男色者であることを識別することができて、その先の、異性とではなく同性との、さういふ意味では男の純潔の世界で愛しあふ端緒となる相手を探すための合言葉の片割れが、この「郵便局」といふ隠語なのです。

私は学生の時に、夜の八時ごろに六本木のカフェ「アマンド」のある交差点の近くを歩いてゐて、向かうから来た細身の、云つてみれば優男(やさをとこ)の若い男に突然、郵便局はどこですか?と訊かれて、知りませんと答へたら、男は其の儘なんといふことも無くすつと離れてゐつたことを、その後も折に触れて思ひ出したことの答へを今知つて、お話ししようと云ふのです。

日本人の男色者は、日本語の世界で、この合言葉を一体どのやうに日本語にして使用してゐるものか。

To Brooklyn Bridge』の中に、この語を含む次の連があります。お前と呼びかけられてゐるのは、ブルックリン橋です。(この詩の全体は、『To Brooklyn Bridgeの表の訳と裏の訳』と題した次のページにありますので、ご覧ください:https://shibunraku.blogspot.jp/2012/06/to-brooklyn-bridge.html

Under thy shadow by the piers I waited;
 Only in darkness is thy shadow clear.
 The City's fiery parcels all undone,
 Already snow submerges an iron year . . .

[表の訳]
お前の影の下、桟橋の並ぶ傍で、僕は待っていた
何故ならば、暗闇の中にあればこそ、そしてその時にだけ
お前の影は、明らかであり、透明だからだ。
遠く眺める、シティの夜景は美しく、
お前の影の中から、眞に明るい闇に立って眺めると、対岸の
その燃えるような、摩天楼の電気的な光の粒子も要素も
すべてそもそも無かった状態に戻り、
何故ならば、1年のウオール街の喧噪もそのビジネスの猥雑も、そこでは赦されて、すべてはそもそも無かった原初の状態に戻り、戻れよ、
既にして、雪は、鉄(鋼)の1年を、洪水で罪を洗い流すがごとくに
その上を覆い、隠しているのだから。

[裏の訳]
お前の影の下、桟橋の並ぶ傍で、僕は待っていた
何故ならば、暗闇の中にあればこそ、そしてその時にだけ
お前の影は、明らかであり、透明だからだ。
遠く眺める、シティの夜景は美しいが、
お前の影の中から、眞に明るい闇に立って眺めると、対岸の
その燃えるような、摩天楼の電気的な光の粒子も要素も
すべてそもそも無かった状態に戻り
あの、ユダヤ人の聖書にある、罪人を赦すという古代の避難のシティ (The City of Refuge)の、またシティのオフィスで犯した僕の罪、あの灼熱の肛門性交(parcels)も、そこでは赦されて、すべてはそもそも無かった原初の状態に戻り、戻れよ、既にして、雪は、男色者の辛かった鉄(鋼)の1年を、洪水で罪を洗い流すがごとくにその上を覆い、隠しているのだ、既にして。

この連の中の一行、

 The City's fiery parcels all undone,

[表の訳]
その燃えるような、摩天楼の電気的な光の粒子も要素も
すべてそもそも無かった状態に戻り、

[裏の訳]
その(シティの)燃えるような、摩天楼の電気的な光の粒子も要素もすべてそもそも無かった状態に戻り

とある此の一行のparcelsは、普段の普通の日常生活の中では、小包みであり、それは郵便局を介して、addresserがaddreseeに届けるものです。Addressするとは、ゴルフといふスポーツでも同様であるやうに、Webster Online(http://www.merriam-webster.com/dictionary/address)によれば、この競技での意味は、

  to adjust the club preparatory to hitting (a golf ball)

といふことであり、このゴルフの場合の意味の上に並んでゐる次の意味を一覧すれば、addressの隠語としての意味も知ることができます。敢へて特定すれば、赤字にした6番の意味でせうか。勿論どの意味を割り当てても、この隠語の説明になつてゐます。卑俗な日本語で言へば、上のpreparatoryとある此のaddressの意味とは、唾をつけるといふ意味だと思ふと、実感を以って理解できるのではないでせうか。あるいは、赤字にした6番のprescribedも同様に理解することができます。

  •   a :  to communicate directly <addresses his thanks to his host>
      b :  to speak or write directly to; especially :  to deliver a formal speech to
  • 5
    a
    :  to mark directions for delivery on <address a letter>
    b :  to consign to the care of another (as an agent or factor)
  • 6
    :
      to greet by a prescribed form
  • 7
    :
      to adjust the club preparatory to hitting (a golf ball)
  • 8
    :
      to identify (as a computer peripheral or memory location) by an address or a name for information transfer


さて、郵便局と小包(parcels)の話です。

Parcelsが、表の世界では小包ですが、parcelが何かを包んで生まれるやうに、裏の世界では男のペニスを包む其の肛門であることから、それは、女性器の持つpackageといふ言葉の持つ包み方とは、論理も感覚も異質なのです。以下、この詩の各連の裏と表の関係を解読した「Brooklyn Bridgeを読む」の一節から引用して解説します。(https://shibunraku.blogspot.jp/2012/06/brooklyn-bridge.html

(2)parcel
あるひとから、ポルノグラフィーの素晴らしい検索エンジンのあるウエッブサイトを教えてもらい、その中の短い映画(といっても、実写ですが、そこ)に、若い女性と姿は見えぬ男の出演者が英語でやりとりをする場面があり、勿論女性しか映っていない状態で、男がその女に話し掛ける言葉に、お前のpackageは、素晴らしいという言い方があったのです。

これは、packageというのは、この場合明らかに女性の秘所をいう隠語ですが、これが何故packageなのかがずっと疑問でありましたが、Craneのこの連に来て、そうして、第2連とは同じfloor、同じclass、同じlevelの詩だということを念頭に措いて考えると、その謎が解けました。

それは、packageは、その感触、感覚も、やはり何かが包まれているという感覚であり、そうして、何故女性の性器がpackageかというと、それは、男が開くものだから、そうして女が両脚を開いて、包まれている中身を見せるものだからです。

これに対して、parcelは、同じ包まれる小包ですが、しかし、男性がそのpenisを男性に包んでもらうもの、それは女性のようには開かれないで、包まれるものという感覚であり、意味なのだと思います。

それが、fiery parcelなのです。灼熱の肛門性交。

そして、その男色の罪と、その浄めの祈りが、ユダヤ教の聖書という古典に分ち難く一体となって、詠われています。

何故、しかし、packageであり、parcelであり、このような郵便と関係のある言葉が性的な比喩に使われるのでしょうか。それは、郵便がコミュニケーションの手段であるからでしょう。そうして、性的なcommunicationだから、これらの言葉を使い、全く実際の感覚と剥離することなく、隠語で、このように使われているのです。

わたしの感じでは、男色者は郵便と郵便局に関する隠語を他にも持っていると思います。

それから、更に付け加えれば、Craneは、ニューヨークという大都会を擁する米国の当時の郵便システムも、つまり近代国家の管理統制するコミュニケーション・システムも、こうして性的な比喩をそっと忍ばせることで、dallyingしていると解釈することもできます。

さて、上に引用した文脈の中で、郵便局といふ隠語を解読してみませう。

郵便局は、英語でpost officeといひます。この質問を直接話法で英語に直してみると次のやうになります。

Where is post office?

あるいは、英語ならば、このpost officeに定冠詞をつけて、特定の、あの郵便局といへば、相手が男色者ならば尚一層ピンと来るものがある筈です。

さて、問ひの形式が、上の疑問文だとして、その答へは何といふべきで、私の場合はあつたのでせう?英語で回答するならば、

Mail Box

であるべきだつたのでせう。何故ならば、

Mail Boxは、Male Box(男の箱)

だからです。

Boxは、既に標題の論の第5連に解説したやうに、boxとはcellであり、cellとは地下室、地下牢の意味のある言葉です。以下、同じ「To Brooklyn Bridgeの表の訳と裏の訳」にある表と裏の訳をご覧ください。(https://shibunraku.blogspot.jp/2012/06/to-brooklyn-bridge.html


Out of some subway scuttle, cell or loft
 A bedlamite speeds to thy parapets,
 Tilting there momently, shrill shirt ballooning,
 A jest falls from the speechless caravan.

[表の訳]
[お前は一体どこから来た者かと、旧約聖書のヨブ記にあるように、もし神が問えば、答えよう、]ある地下鉄の出入り口の蓋を開けて、もはや身を隠すことを止め、飛び出したのか、また、地下鉄の車両の狭い空間、その狭さならば、ユダヤ教の聖書にあるように荒野を彷徨っていたユダヤ人の、地下なる狭苦しい集会所から飛び出したのか、それとも、地下鉄の、屋根裏部屋のような狭い空間から飛び出したのか、

一人の気違いが、ブルックリン橋よ、お前のその、敵の攻撃から身を護るための、城塞の胸墻(きょうしょう)ともいうべき数々の欄干に向かって、猛烈な速さで、[あのドンキホーテ、中世の騎士のごとくに]槍を持って、姿勢を低くして、突進し、鋭いシャツを目一杯に膨らませ、吶喊を叫びながら、空に舞い上がらんばかりに、自分の一切を賭して突進し、そうして、もの言わぬ列をなしている自動車の列の、恰も砂漠や敵意に満ちた土地を横断して旅する隊商の、その旅の仲間の中から、陽気な嘲(あざけ)り笑う声が、欄干から落ちて行くのだ。

[裏の訳]
[お前は一体どこから来た者かと、旧約聖書のヨブ記にあるように、もし神が問えば、答えよう、]ある地下鉄の出入り口の蓋を開け、サタンが棲み、行ったり来たり、上へ下へと歩いている地下の世界の通路への蓋を開けて、もはや身を隠すことを止め、飛び出したのか、また、地下鉄の車両の、法律に違反をして罰せられ、裁かれて入れられるあの狭い牢獄の独房の空間から飛び出したのか、それとも、地下鉄の、尻の形をした、そうして罪深い、狭い空間から飛び出したのか、
一人の男色者の気違いが、ブルックリン橋よ、ホストたるお前のその(ゲストの突きから身を護るための)保護膜に向かって、猛烈な速さで、[あのドンキホーテ、中世の騎士のごとくに槍を持って、]姿勢を低くして、尻を突き出して突き進み、白い帆布で織られた環を、あのバルーンを目一杯風で膨らませて、あるいは自分のペニスを吸ってもらって膨張させてもらい、いくぞと叫びながら、空に舞い上がらんばかりに、自分の一切のものを賭して突進し、そうして、

整然と規則に従い秩序だって列をなしている、世間のひとが口を開いて触れることのない、公にはとてもできぬが、しかし、それでもなお砂漠や敵意に満ちた土地を横断して旅する非可触賤民のごとき(speechless)隊商の、その旅の仲間の中から、男色者の陽気な嘲(あざけ)り笑う声が、[お稚児さんの小姓を従え、別の槍で突くものだからなお、]欄干から海へ落ちて行くのだ。

このやうに、Male Boxは、昼間の仕事が終つた後(post-office)に、夜な夜な男色者が集ひ、男色に耽る地下室なのであり、それは同時に世間から見れば罪深き男色者たちの罰せられる地下牢なのです。さうであれば、

Post Officeのpostとは、office、即ち昼間の仕事の、終つた後の時間、即ちpost-何々のことを言ひ、post officeはどこですか?といふ秘密の合図への答へは、Male Boxといふ事になります。Male Box、即ち男たちのBox、即ちCellが一体どのやうな旧約聖書の地獄であり煉獄であるかは、『ブルックリン橋』の詩の全体と、その裏表の訳をお読み下さい。

さて、このやり取りを、仮に昼間にしたとしても、異性の性愛者には表の意味でのやり取りとしか思はれず、裏の意味が知られることはないでありませう。

Officeが文字通りにofficial(公的)な場所であるならば、Male Boxは、private(私的な) male box(私書箱)であるといふ此の、実に複雑精妙にして精密な連想によつて仕掛けられた掛け言葉の構造化は、他の数々の隠語の場合と全く同様に、男色者の高度に繊細な感性と、言語表現に際しての論理性の高さを示してをります。

六本木の夜に、男色者に「郵便局はどこですか?」と声をかけられた私は、郵便箱、郵便受け、または私書箱といふ言葉で、それが平叙文であれ、質問者に訊き返す疑問文であれ、いづれにせよ、これらの言葉で応ずれば、あの見知らぬ男色者と同類であることの一致を知られる事になつたといふ訳だつたのです。

かうして、長年の疑問が、春はまだ年を越して来年の話で鬼が笑ふかも知れませんが、やつと氷解した次第です。











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